宇佐美がエースとなるために必要なこと サッカーの難しさを感じたシンガポール戦 元川悦子 2015年6月18日 12:15
初のW杯予選にも自然体で臨む
「予選だろうが親善試合だろうが、個人のメンタリティーとしては、良い意味でまったく変わらないですし、どの試合も勝つことだけ。勝利に自分が貢献できるようにということしか考えていないので、全然気負いもなければ緊張もないです」
2018年ロシアワールドカップ(W杯)への重要な一歩となる16日のアジア2次予選初戦・シンガポール戦(0−0)を翌日に控え、宇佐美貴史はいつも通りの淡々とした物言いを繰り返していた。
ヴァイッド・ハリルホジッチ監督体制の初陣となった3月のチュニジア戦(2−0)で4年越しの日本代表デビューを飾り、続くウズベキスタン戦(5−1) で初ゴール。3戦目となる11日のイラク戦(4−0)では、かつてカズ(三浦知良)がつけたエースナンバー11を背負って初先発し、巧みなアシストで岡崎 慎司のゴールをお膳立てしてみせた。
順調に階段を駆け上がってきた23歳の点取り屋にとって、シンガポール戦は初のW杯予選。これまでの親善試合とは重圧がまったく違う。それでも彼は自然 体を強調。「次は自分で決めたい」とゴールへの強い意気込みをのぞかせた。左サイドで縦関係を形成すると見られた長友佑都が「彼には『中に入ってシュー ト』というストロングポイントがある。僕がディフェンスをひきつけておとりになり、彼が中に行くパターンをサポートしたい」と語ったように、周りも宇佐美 の公式戦初得点を積極的にお膳立てしようと考えていた。
チャンスを生かせず、未熟さを痛感
迎えた本番。新背番号11は周囲の大きな期待に応えるかのように、開始早々、いきなりペナルティーエリア外からシュート。思い切りの良さを前面に押し出し た。長友の負傷欠場によって左サイドは太田宏介とのコンビになったが、「貴史との連携はまったく問題なかった」と太田も話しており、2人の中では「どこか で必ず崩せるはず」という共通認識があったようだ。
宇佐美に巡ってきた前半最大のチャンスは27分。同い年の盟友・柴崎岳からのスルーパスに反応して、裏に抜け出したシーンだ。序盤からスーパーセーブを 連発していたGKイズワン・マフブドと1対1になったが、オフサイドと判定されてしまう。「岳からの縦パスは入ってきやすい状態だった。岳とは常に良い関 係を築けていた」と本人も言うように、狙い通りの形を引き出せた手応えを得たことだろう。
前半が終わって0−0。この時点ではまだ宇佐美の中にも精神的余裕があった。「ナナメのサイドチェンジを繰り返していけ」という指揮官の指示の下、気合を入れ直して後半へ。彼はシュートの意識を一段と鮮明にした。
後半最初の一撃は3分。得意の左サイドからペナルティーエリア内に切り込んで右足で放ったシーンだ。7分、15分にも同じような位置から狙うが、ボール は枠を超えていく。再三のトライにもかかわらず自分の形が実らないことで、さすがの彼も苛立ちを募らせていく。そして27分、左ポストを強襲した本田圭佑 の直接FKのこぼれ球に反応したビッグチャンスも、肝心なシュートが弱く、GK正面に飛んでしまった。
結局、背番号11は5本のシュートを放ちながら決めきれず、後半33分に武藤嘉紀と交代。屈辱的なスコアレスドローとなった試合の幕切れをベンチで見守ることになった。
「一発決めていれば全然違った試合展開になっていたと思うので、そういう意味では本当に反省というか……。やっぱりシュート精度の問題ですね。あと何ミリ かパスが良ければとか、シュートが何センチか内側だったら、枠に行ってれば何点も入ってた。たらればを言ったらキリがないですけれど、そういうシーンが多 かった。一発決まればという状況が続いて、試合終盤になっていくにつれて焦りも出ていたのかな。あらためてサッカーの難しさを感じた試合でもありますね」 と彼は自分の未熟さを痛感したという。
必要な周囲との連携の見直し
宇佐美がゴールという結果を残せなかった要因はいくつか考えられる。その1つが、本人も指摘した通りフィニッシュ精度の問題だ。
09年U−17W杯(ナイジェリア)、12年ロンドン五輪と年代別世界大会を経験し、11〜13年にかけてはバイエルン・ミュンヘン、ホッフェンハイム でプレーした彼には、卓越した国際経験があったはず。だが、W杯予選の独特な雰囲気はまったく別物だったのかもしれない。
「シュートシーンになったら、相手も人数を割いて来ていましたし、そこをどう崩していくのかは難しかった。『裏に走ってそこを使うスペースもないね』と宏 介君とも話してました」と宇佐美はしみじみ語っていたが、ここまで泥臭く捨て身で守られた機会は滅多になかったのだろう。シュートを何本も外しているうち に、目に見えない心理的負担が強まり、彼本来の鋭い得点感覚が徐々に薄れていった。それはA代表の経験不足以外の何物でもない。この先、ピッチに立ち続け ることで、解決していくしかないのだ。
周囲との連携を見直すことも、状況打開の一助につながる。この日の日本代表は中へ中へという単調な攻撃一辺倒になりがちで、外のスペースを有効に使えて いなかった。後半になってようやく酒井宏樹、太田の両サイドから数多くのクロスが上がるようになったが、それまでは、宇佐美も香川真司も本田も真ん中に固 執し過ぎていた。
「僕は貴史のところで数的優位を作れると思ってた。経由地点でボールを受けられるスペースはありましたし、そこでボールを呼び込みたかったんですけれど、 なかなかうまくいかなかった。やっぱり両サイドに入った時にチャンスになりましたし、それを続けていけばよかった」と香川も反省の弁を口にしていたが、彼 と宇佐美がお互いの長所や存在感を消し合ってしまう部分も見受けられた。
「縦に速い攻め」がすべてではない
イラク戦でも、本田と宇佐美が中央へ動くことで、香川が出て行く前線のスペースが少なくなり、彼が消えるという現象が起きていた。「チーム全体が縦へ縦 へと急ぎ過ぎる。もうちょっとワイドに行く時間帯があってもいいですし、誰かが遅れて入っていくような工夫があってもよかった。みんな個性があるから、ど うやってそれをもっと融合させていくのかを考えないといけない」と香川も指摘したように、宇佐美も緩急の変化をつけたり、タメを作ったり、外のポジション を有効活用するなどの意識を強め、お互いを生かす工夫を凝らすべきだろう。
ハリルホジッチ監督就任後の日本代表では「縦に速い攻め」がひと際、強調されるようになった。それを全員が実践しようとしているのは確かだし、ゴールに直結するダイレクトプレーが増えるのは良いことだ。しかし、相手によってはその方向性がマイナスに作用することもある。
「相手はテンポを遅らせるために守備をしているので、こっちもあえてテンポを遅らせるとか、そういうタメが必要なんですけれど、アップテンポのサッカーを してきた流れから、いきなりこういう状況に追い込まれたので、その切り替えが足りなかったと思います」と、本田も問題点を指摘していた。宇佐美を含め、 ピッチ上の選手たちが臨機応変に戦い方をアレンジできなければ、アジアの格下相手といえども簡単には勝てない。それを彼らは再認識したに違いない。
失敗をどう今後に生かすのかが重要
宇佐美が最も得意とするプレーはドリブル突破だが、左から中に流れる定番のパターンだけでなく、タッチライン際を突破してクロスを狙う、あるいはワンツー を入れる、サイドバックとクロスしながら動くといった意外性や創造性があってもいい。そうやってバリエーションをつけていかなければ、自陣を固める相手は 崩せない。そのためにも、長友や太田ら縦関係を形成する選手たちとの関係を突き詰めていくことが肝要だ。それが、日本代表でも輝く必須条件と言えるのでは ないか。
「こういう相手との戦い方に慣れていくことも大事。まだまだ試合数もあるので、こういう戦い方をされた時に自分たちがどう崩していくかをこだわれればい い。今日の結果はすごく残念ですし、申し訳ないけれど、これは教訓にしていくべき試合。同じようなミスをしないようにしていけばいいと思います」
宇佐美自身がこう言った通り、この失敗をどう今後に生かすのかが何よりも重要だ。まだ1試合終わった段階だが、日本はEグループリーグ4位という最悪の スタートを余儀なくされている。ここから着実に巻き返しを図るためにも、頭抜けた得点感覚を秘めたアタッカーの覚醒は不可欠だ。カズを超えるエースナン バー11の出現は、日本サッカー界全体の願いでもある。彼には9月以降の戦いに向け、自分の課題としっかり向き合って、さらなる飛躍を期してほしい。