「サイズ、速さ、しなやかさ、高さ」井原正巳を苦しめたガンバ大阪の助っ人とは?
ワールドカップ(W杯)フランス大会の日本代表主将で、Jリーグ・横浜F・マリノスなどでプレーした「アジアの壁」井原正巳さんが、読売新聞ポッドキャスト「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」に出演した。失点の「犯人」にされがちなDFの悲哀を、同じDF出身で番組MCの元日本代表・中澤佑二さんと語った。(読売新聞ポッドキャスト 山根秀太)
守備力を鍛えた人たち
井原さんは判断力と読みの鋭さに定評があり、守備から攻撃に切り替わる起点としても、その才能を遺憾なく発揮した。
DFとしての自身の強みを「相手の強みを出させないように、クレバーに守るというのは自分の特長だと思っていました」と振り返る。
中澤さんは「井原さんは読みが鋭いのと華麗に止めているイメージが強いですが、最後まであきらめないですよね、絶対に」と言う。
井原さんは「もちろん。そこは大事にしていました」と語り、「筑波大でDFになってから先輩の長谷川健太さんたちと毎日1対1をやっていました。健さんはすごいドリブラーだったから」と言う。
大学を卒業して日産FC(現・横浜F・マリノス)に入団してからも「水沼(貴史)さん、柱谷(幸一)さん、金田(喜稔)さん、Jリーグができてからはディアス。そういった人たちとの1対1で自分が磨かれていった。負けたくないという思いでやっていた」と明かす。
DFはつらいよ
得点を取ってヒーローになるFWと比べ、失点の悪者になりがちなのがDFのつらいところ。
井原さんは「90分のうち89分良いプレーをしていたとしても、1分で1本やられたらディフェンスのせいにされたりするんです。テレビでも大きく映されたりするので」と言う。
中澤さんも強く同意して訴える。
「言ってください、井原さん(笑)。本当にそうなんですよ! 失点に関わってなくても映すから、『こいつ絡んだんだな』って世の中に流れるんですよ。失点に絡んでないけど、悔しがってるシーンを映すから」
井原さんは、過去に対戦したFWで印象に残っている選手を問われ、ガンバ大阪で「浪速の黒豹(くろひょう)」と呼ばれて活躍したエムボマ(元カメルーン代表)を挙げた。
「僕らのフィジカルでは戦えないほどのサイズ、速さ、しなやかさ、高さを持っていた。駆け引きもできないくらいだった」
中澤さんは「当時のJリーグはブラジルやヨーロッパの選手はいたけど、アフリカの選手は日本に来なかったので、対応力がなかなか身につかなかった部分も大きいですよね」と語った。
プロフィル
井原正巳(いはら・まさみ) 筑波大学在学中に日本代表選出。大学卒業後に日産フットボールクラブ(現・横浜F・マリノス)に入団。1995年にアジア最優秀選手。日本代表の守備の要として「アジアの壁」と呼ばれた。代表では国際Aマッチ122試合。W杯フランス大会では主将。引退後はU-23北京五輪代表コーチ、アビスパ福岡監督、柏レイソル監督など。1967年生まれ。滋賀県出身。



