「W杯後のステップアップ移籍は間違いない」中村敬斗が知られざるオーストリア“下積み時代”に語っていた苦闘 「2部での3カ月がデカかった」
オランダとのW杯初戦で見事なゴールを決めた中村敬斗。ドイツメディアでは、中村がフランス2部でプレーしていることを驚きとともに報じているところも少なくない。W杯後にはステップアップ移籍することは間違いないとみられている。
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今の中村を語るうえで、2021年、オーストリア2部での下積み時代は欠かせない大事なパートだ。オーストリア第3の都市リンツを訪問し、クラブオフィスで1時間近く話を聞けたことがある。とてもフレンドリーで、ドイツ・フライブルクから来たことを伝えると、「(堂安)リツ君の取材してます? すごいですよね!」と向こうからいろいろ聞いてきてくれたことをよく覚えている。
オーストリアでつかんだスタメンの座
当時の中村はオーストリア1部LASKリンツでレギュラーとして活躍し、「ネクスト三笘(薫)」としてリバプールなどビッグクラブが注目する存在だった。こちらの質問にもとても丁寧に答えてくれ、オーストリアでプレーしている充実感について、熱っぽく語っていた。
「今までプロに入って、1年間フルでずっとスタメンで出続けることがなかったんです。チームの中心としてプレーできているので、やっぱり満足感というか、充実感がありますよね。今まではベンチスタートだったり、途中出場で何か残すっていうのに取り組んでいましたが、今立場が変わって、すごい楽しくやれてます」
日本のサッカーファンからすると、オーストリアサッカーのレベルはだいぶ下にみられるかもしれない。欧州ではイングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランスが5大リーグ。ポルトガル、オランダ、トルコ、ベルギーがそれに次ぐリーグとされている。オーストリアはそのまた下。しかも中村が移籍した当初プレーしていたのは、2部所属のセカンドチームだった。
G大阪からオランダ1部のトゥエンテ、ベルギー1部シント・トロイデンへレンタル移籍、そこからオーストリア2部というのは世間的にはだいぶステップダウンととられる。ただ、中村は失意の底にいたわけではない。むしろ自分と向き合う大事な時間だったと振り返っていた。
「このチームは居心地がすごくフィットしているんです。すごく成長しやすい環境で、知らず知らずのうちにいろんなことができるようになっている。試合を重ねるごとに実戦経験も積んで、チームメイトにも経験ある人が多い。いろんな話を聞きながら取り組んできたら、ここまでこられたって感じですね」
技術先行の選手ならではの弱点を改善していった
オーストリアリーグは、RBスタイルといわれるザルツブルクを筆頭に、ハイインテンシティ、ハイスピードなサッカーが特徴だ。フィジカル的な負担も大きい。それまでの中村はパスやドリブルなど技術で何とかしようとするスタイルだったが、オーストリアリーグで求められる優先順位は違う。走れる、戦える、粘れる選手でなければピッチに立てない。このリーグにフィットするため、必要なことに毎日取り組み、その中で自分の技術で違いを作っていく。弱点を直さざるを得ない環境がここにあった。
「そうなんです。勝手にアダプトしていった感じがあります。ここでのサッカーにフィットしようとやっていたら、勝手に伸びていった。技術的な選手というか、シュートとかドリブルで上がってきた選手あるあるだと思うんですけど、球際だったり、前からのプレッシングだったり、相手とのフィジカルコンタクトの部分は改善点でした。
リンツのチームスタイルがプレッシングサッカーで、そのサッカーに合わせてやったら、体もちょっとずつ筋トレとかで大きくなってきて、ボールも失わなくなってきました。ちょっとずつ良くなってきた実感があります」
毎回しっかり、全力で練習をする。自分のスタイルは貫いて、でも経験ある先輩、コーチや監督から言われることに耳を傾けて、「なるほど、こうするんだな」と、しっかり受け止めてやってきたという。若き日の中村の吸収力には素晴らしいものがあった。
18〜20歳というのは『育成の仕上げの時期』と呼ばれ、特に試合に出続けていなければならない年代だ。それがその後の成長に大きな影響を及ぼす。試合に出られない環境には、相当焦りと厳しい気持ちがあったことだろう。
2部での3カ月はでかかった
「ほんとうにそうですね。でも試合に出られなかったシント・トロイデンでの半年間を別に無駄にしたとは思ってなくて、やれることをやってきたと思っています。日本には帰るつもりはなかった。とにかく試合に出続けて、そこからはい上がる形をとろうと思っていましたね。『リンツのセカンドチームから』と話をいただいて、むしろ出やすい環境だなと思ったんです。周りにも若い選手が多いですし、ミスをどんどんしても別に何か言われる環境じゃないじゃないですか。プレッシャーもなくプレーができる。
そこでの3カ月はめちゃくちゃでかかったですね。サッカーの楽しさを思い出させてもらって、サッカーってやっぱりこうだなっていう感じがありました。いい仲間もできた。そういう良い気持ちになるとやっぱり調子も上がってくるんですよ」
オーストリア2部リーグは、ヨーロッパで一番平均年齢が若いリーグと呼ばれている。18〜20歳の各国世代別代表選手が集い、そこからのステップアップに皆がまい進する。リバプールで活躍するハンガリー代表ドミニク・ソボスライ、バイエルンのフランス代表ダヨ・ウパメカノも同じルートをたどった選手だ。
中村もそこで様々な経験を積み、選手として大事なベースを築いていった。
1試合良くないだけで考えすぎていた
「今振り返ると、いろいろ経験がなかったんだなと思うことはあります。上のリーグでやるためのメンタリティもなかった。チームが負けたり、自分のプレーが良くなくなってくると、気持ちも下がっちゃう。そうなるとやっぱり良くないパフォーマンスになってしまう。
1試合良くないくらいどうってことないはずなのに、何か考えちゃうんですよね、若い時って。なんでだろう。そんなの相手が対策してきたらそうなることだってあるじゃないですか。こういうの、日本人特有だと思っているんです。でも海外で活躍している選手って、その辺り気にしない。ここでプレー経験を積むことで、深く考えすぎる必要ないなっていうのを、やっと学んだと思います」
自分で道を切り開き、課題を着実に解消し、オーストリア2部からオーストリア1部、そこからフランス1部スタッド・ランスへとステップアップを遂げることができた。だが昨季2部降格に。そのまま2部でプレーすることになれば、ネガティブにもなる。W杯イヤーともなれば、なおさらそうだろう。ただ、オーストリア時代を経験している中村の成熟した心は、どんな環境でも成長できることを知っている。
日本代表を見据えて、チームに求められることをやりながら、ゴールもアシストもマークしていく。それが一つの指標として大事だという部分は変わらない。リンツ時代もこう語っていた。
「ウイングに求められるプレーというのは多い。それを増やしていくことで代表というのも見えてくるんじゃないかなと思っています。ゴールという結果も残しつつ、ハードワークできた上での招集だと思うので」
代表に呼ばれたら超緊張するだろうな
それこそ若かりし頃の中村は、日本代表について、ワールドカップについてどういうイメージや思いを持っていたのだろう。
「ワールドカップに限らず、日本代表は憧れ。ちっちゃい頃からの夢です。その国の代表に入りたいというのはサッカー選手である以上、もちろんみんなの夢だと思うんですね。サッカーやってる子供たちで、なりたくない人なんていないじゃないですか。僕ももちろん代表への願望はありますし、いつか入れたらいいなと思う」
当時の中村は、代表への憧れをずっと口にしていた。いつかたどり着きたい舞台。でもどこまでそれを現実的なものとして見ていたのだろう。
「でも、代表選手ってやっぱりレベルが高いじゃないですか。5大リーグでバンバン試合に出ている選手たちばっかり。そんな中に入っていけたらめちゃくちゃラッキーだなと思うけど、超緊張するだろうな、呼ばれたら。すごい選手ばっかじゃないですか」
そんな風に笑いながら話していたのがほほえましい。いまや中村自身が、その『すごい選手』となっているのだから。



