奥抜侃志は試行錯誤しながら「ガンバ大阪での自分」を作り上げていく。約半年のリハビリを乗り越えJ1初ゴールを決めるまで【コラム】
明治安田J1リーグ第36節、ガンバ大阪対ヴィッセル神戸が9日に行われ、1-1の引き分けに終わった。80分に均衡を破ったのは、79分から出場した奥抜侃志。パナソニックスタジアム吹田で記念すべきJ1初ゴールを決めるまでの過程には、試行錯誤しながら環境に適応しようとする奥抜の姿があった。(取材・文:高村美砂)
●J1初ゴールは「ジェバリに感謝したい」
J1初ゴールの記念にもらった試合球を小脇に抱え、取材エリアに現れたガンバ大阪・奥抜侃志は自身も待ち望んだ一発に頬を緩めた。
「圭介くん(黒川)が左から上がってくるのが見えていたので、ジェバリ(イッサム)がそっちに出すかなと思ったんですけど、結構狭いところを通して僕にパスを出してくれた。ジェバリに感謝したいと思います」
アウェイでのAFCチャンピオンズリーグ2・ナムディンFC戦から中3日で迎えたJ1リーグ第36節・ヴィッセル神戸戦。そのナムディン戦を含め、最近は先発出場の機会も増えていた中で、神戸戦は79分からの途中出場になったが、ベンチでイメージしていたプレーを意識してピッチに立ったという。
「前半から相手の守備がジェバリにタイトにきていたんですけど、ジェバリも結構、(ボールを)おさめてくれていたので、その背後とか、起点になったジェバリの周りでチャンスになるんじゃないかと思っていました」
いざ交代というタイミングでVARレビューとオンフィールドレビューによるチェックが入り、しばし試合が止まっていたが、奥抜の集中が途切れることはなく「ジェバリの裏」と繰り返し自分に突きつけてピッチに立ったという。まさか、ファーストプレーでそのチャンスが訪れ、ゴールに繋がるとは思っていなかったそうだが。
●「ファーサイドを狙おうとしたんですけど…」
「今日はなんとなく決められそうな予感があったというか。ここ数試合、コンディションが理想的に上がってきているのを感じていたからこそ、あとはうまく足を振れればチャンスが見えてくるんじゃないかと思っていました。特にここ数試合はあまり足が振れていなかったこともあって、今日はしっかり足を振ろうと思って入ったのも良かったのかもしれません。決められて良かったです」
80分、シュートチャンスは奥抜が得意とする「狭いところ」で作り出した。やや下がったところでジェバリがボールを受けたことで、神戸のセンターバック・山川哲史が釣り出されていたとはいえ、自身の目の前には神戸の3選手がいる状況だったが、左足でトラップしたあと、右に持ち替えてタイミングをずらし、冷静に左ゴール下を射抜いた。
「最初、右に持ち出してファーサイドを狙おうとしたんですけど、結構相手の守備の寄せが早くてタイトだったので、少し判断を変えて、右にずらし、相手がプレッシャーにきた瞬間に、感覚的に逆サイドを狙いました」
ホームサポーターの目の前での先制点。駆け寄ったチームメイトにもみくちゃにされたあとは、仲間の嬉しい知らせを祝う『ゆりかごダンス』で祝福し、笑顔をこぼした。
一方、試合後には、89分に神戸に同点ゴールを許して引き分けに終わったことや、アディショナルタイムに自身に追加点を奪うチャンスをものにできなかったことにも言及し「勝ちたかった」と振り返ったが、キャリアにおけるメモリアルなJ1初ゴールをホーム・パナソニックスタジアム吹田で決められたことは素直に喜んだ。
●ガンバ大阪に加入も、約半年のリハビリ生活
今シーズン、1.FCニュルンベルクから完全移籍でガンバに加入。練習からキレの良さを示していたこともあって、J1リーグ開幕を告げるホームでの『大阪ダービー』で先発に抜擢された。だが、結果は2-5。34860人を集めた大観衆のもと、大阪ダービー史上最多失点で敗れるという苦いスタートになり、加えて、直後には自身も負傷離脱を強いられた。
約半年にわたる長いリハビリ生活を経て公式戦のピッチに戻ってきたのは、第25節・ファジアーノ岡山戦だ。その一戦に途中出場すると、以降も限られた時間の中で少しずつ、存在感を大きくしてきた。
持ち味である左サイドから縦、中に仕掛けるプレーをより効果的に光らせながら味方との好連携で切り崩すシーンが目を惹くようになったのは、9月に入ってから。本人によれば22年以来、3シーズンぶりとなる日本のサッカー、初めて戦うJ1リーグの強度や特徴にも適応できるようになってきたことが大きいという。
「ヨーロッパと日本ではサッカーのスタイルが違うし、チームの戦い方にも慣れなくちゃいけないという中で、まずはそこにうまく順応することを第一に考えながら、自分のプレーを出すというチャレンジを続けてきました。
特に、選手それぞれの立ち位置や守備の嵌め方みたいなところはドイツはもっとラフというか。そこまでかっちりと約束事が決められていなかったのに対して、日本は規律正しく動くことを求められるのが多いからこそ、そこにどう適応して、その上で自分の特徴を出していくのか、は自分なりに試行錯誤をしながら取り組んできたところです。
それが時間を追うごとに少しずつフィットしてきたのと、周りの選手ともお互いのプレーへの理解が深まったこともあって、ようやく自分を表現できるようになってきた気もします」
●日本のサッカーや気候に慣れるための工夫
その過程では、夏の茹だるような暑さや、日本のサッカーの強度を久しぶりに体感する中で、家でもエアコンをつけずに暑さに慣れる工夫をしたり、ステップのキレを失わないように乳酸を溜めないトレーニングに取り組んだり。また、持ち味である縦への推進力をより表現するべく、ウェルトンや山下諒也のプレーを『見る』ことでも背後への抜け出し方を学ぶなど『ガンバでの自分』を意識してコンディションを作り上げてきたと聞く。その上で、10月末に話を聞いた際には「できるだけ早くゴールを取って乗っていきたい」とも話していた。
「僕と同時期にドイツでプレーしていて、今は川崎フロンターレでプレーする伊藤達哉くんも、点を取ることで乗っていったというか。より勢いが出たように、僕もゴールを取ることで勢いづきたいし、自分を早くその流れに乗せたいと思っています。そのためにもまずは1点、取りたいです」
それをようやく形にした、神戸戦での初ゴール。関西のチーム同士の対決ということもあり、この日のパナスタは開幕戦の『大阪ダービー』に迫る34695人を集めたが、その中で刻んだ1点だったことも今後、より彼を勢いづけることだろう。
「パナスタは勝っている時はもちろんのこと、負けている時の後押しもすごく感じるスタジアム。ボールを持った時とか、攻めている時の歓声はすごく感じるし、それに力をもらってもう一歩、足が出ることもある。毎回、ものすごく心強さを感じながら戦っています」
●性格は本人曰く「抜けているだけかも」。背番号44の理由は…
最後に、今更ながら少し彼のパーソナリティが伺える話を。性格は、チームメイトからは「湧矢(福田/東京ヴェルディ)の匂いがする天然」という声も聞くが、奥抜自身は「自分では天然とは思っていないですけど、そこは周りが判断するところだから、天然なのかもしれないです。ただ結構、いろんな人にボーっとしているって言われます」とか。
ピッチでの高速ドリブルとは対照的に、普段は話し口も穏やかで、おっとりした印象だが、本人曰く「抜けているだけかも」と笑う。ちなみに、ガンバでの背番号『44』はキャリアで初めて背負っている番号。プロキャリアをスタートした大宮アルディージャでは33と11を、初めての海外キャリアとなったグールニク・ザブジェでは33を、ニュルンベルクでは11を背負ってきたことを思えば「ゾロ目」にこだわりがあるのか。
「33から始まったキャリアなので、33がいいなと思ったら埋まっちゃっていて、11も大宮やニュルンベルクでつけて好きな番号になったのでいいなと思ったんですけど、それも埋まっちゃってて。じゃあ、22は? と思ったら純くん(一森)がつけていたので、44にしました。うちの実家の犬がジジ(44)って名前なのでいいなと思いました」
やや、天然? その判断はファン・サポーターの皆さんにお任せするとして、ようやく刻んだJ1初ゴールは、今後の彼をより加速させる一歩になりそうだ。
(取材・文:高村美砂)



