<ガンバ大阪・定期便128>積み重ねた時間を繋げ、岸本武流が2ゴール。『言霊』も胸に
5月3日に戦ったJ1リーグ第14節・湘南ベルマーレ戦。第4節・東京ヴェルディ戦以来、約2ヶ月ぶりとなる今シーズン3度目の先発メンバーへの抜擢に、岸本武流は『2ゴール』で応えた。
J1リーグでの複数得点はプロキャリアで初めて。なかなか出場チャンスを掴めない悔しさも、自分へのもどかしさも、振り払うように必死に守備をし、懸命にピッチを駆けてゴールを目指し続けた90分だった。
「最高です! もう、めっちゃめちゃ嬉しいです」
試合後の取材エリアでも笑顔が弾ける。ピッチでのプレーさながらに、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「連戦なので、絶対にチャンスはくると思っていました。久しぶりのスタメンで、絶対に結果を残してやろうって思っていたし、一番は、ディフェンスのところをしっかり頑張ろうと思って、試合に入りました。いつも、僕にスタメンのチャンスが巡ってくる時は結構、急で…予告なしで『いける?』みたいな感じで言われることが多いんですけど、いつも準備していたし、今日もしっかり準備ができていたので、しっかり走れたし、いい形で点も取れた。最後は少し強度が落ちちゃいましたけど、90分間、フルでやりきれたのは収穫です」
■守備のタスクを全うしながら「自分らしく」奪った、2つのゴール。
「まずはデニス(ヒュメット)のシュート。チーム全体の気持ちが少しフワっと楽になるような一発でした」
そう振り返った通り、キックオフからわずか2分という早い時間帯にデニス・ヒュメットがゴールネットを揺らしたことにも背中を押され、岸本は立ち上がりから攻守に強度の高さを示した。右サイドを預かった彼にとっては、自身の側が『日陰』だったことにも助けられたという。
「日陰か、日向かで全然暑さが違うし、体力の消耗も変わってくる。前半は僕のサイドが日陰だったのは、ラッキーでした。サイドは走らなければいけないポジションだし、日向やと、暑さがウワッとくるので、前半が日陰でよかった」
チームのために走ること、相手の右センターバックを自由に攻撃に参加させないという『守備』のタスクを全うすることを自身に課していたからこそ、尚更だろう。しかも、そこに自身のシーズン初ゴールが生まれたことも、プレーを加速させた。
13分のシーンだ。左サイドでボールを受けたファン・アラーノから、敵陣深いエリアに出されたスルーパスに抜け出したのは宇佐美貴史。ペナルティエリア内でボールを受けると、周りの状況を視界に捉えつつ、やや角度のないところから右足を振り抜く。そのボールは相手GKに弾かれたものの、すかさず、そのこぼれ球に体ごと投げ出すように突っ込んだのは岸本だ。宇佐美が走り出した時点で、ピッチの中央を、相手DFを引き連れながらペナルティエリア内に走り込んでいた彼は、そのDFよりほんの少しだけ早く、右足を伸ばし、ボールに触った。
「タケ(岸本)はあそこに突っ込んでいく労を惜しまない選手。タケだから最後、あそこにいて、あの粘りが効いたんだと思います(宇佐美)」
「本当は貴史くん(宇佐美)に(ボールが)入る! ってなった時に、僕がもっと早くスプリントしていたら、貴史くんから横パスを貰えていた気がするし、それが一番よかったと思います。でも、僕が遅れたことで、貴史くんはおそらく『誰もきていない』と思ってシュートを打ったんじゃないかな。ただ、諦めずに走り続けてあそこに突っ込めたのは、僕らしいゴールだったのかなと思います」
2点目は29分、アラーノの守備から始まったカウンターだ。左サイドでボールを奪ったアラーノがヒュメットに一旦ボールを預けて前線へ抜け出し、一番大外、ファーサイドから走り込んでいた岸本にボールを送り込む。ニアの宇佐美、中央のヒュメットもボールを受けられる体勢ではあったものの「練習通り」の形を選択したという。
「僕がボールを持った時に、3つの選択肢がありましたが、最初に貴史の動き出しがあったおかげで自分の視野が広がり、武流のポジションを見ることができました。そのスペースに武流がきっちりと走り込んでくれていたし、誰が一番、得点につながる確率が高いのかを判断した選択でした(アラーノ)」
試合前からアラーノに「僕が右足でボールを持ったら対角に走ってくれ」と言われていたという岸本もその約束通りに走り込んだ。
「イメージ通り、狙い通りでした。シュートの瞬間は何も考えずしっかりとミートすることだけを考えて打ちました。僕の場合、いつもいつもシュートを狙っているタイプではないので、たまたまに近い状況でしたけど逆にああいう時の方がすごくリラックスできるというか。ドフリーすぎても力んじゃうので、結果的に僕らしいゴールになったと思います」
実のところ「こんなチャンスは滅多にない! と思い、ハットトリックも狙っていた」と岸本。もっとも、だからと言ってプレーを変えることはなく、後半も愚直に走り、守備をして、前に出ていくという姿を貫き続け、今シーズン初のフル出場でチームの勝利に貢献した。
「いつも足が攣っちゃうので90分間走り切れたのは自信になる部分。ヤットさん(遠藤保仁コーチ)にいつも居残り練習に付き合ってもらっているんですけど、そこでいつも『1試合、1本のシュートで人生が変わるよ』と言われていた。今日の試合を機に人生を変えたいと思います」
■遠藤保仁コーチとの居残り練習。そこで繰り返し、投げ掛けられた言葉。
その言葉通り、3日前の練習でも、唐山翔自と共に最後までピッチに残り、遠藤コーチのアドバイスを受けながらボールを蹴っていたのが岸本だった。
サイドからのクロスボールに合わせてダイレクトボレーやヘディングでシュートを狙い続けた後は、右サイドからのクロスボールとプレースキックを繰り返す。岸本が、試合中にプレースキッカーを務めることはなかったなと思い、遠藤コーチに尋ねたところ理由があった。
「選手によって体型や足の長さ、筋力は違う。つまり、蹴り方は自分自身で掴むものだから、正直、僕はそこには立ち入れない。ただ、言えることがあるとするなら、キックって自分が蹴るボールの軌道を把握した上で、ボールを蹴るインパクトさえ思い通りにいけば同じところに飛ぶ。なので、例えば、自分がボールを届けたい的に対して、自分の体や足の形、筋力、当て方を踏まえて、どうすればそこに理想通りに届くのかという蹴り方を自分で見つければいい。じゃあ、どうやって? と言われたら、それは練習でしょ、と。何度もボールを蹴って、その感覚を自分に染み付かせるのみ。それが見つかったらあとは、動いているボールも同じインパクトで蹴ればいいだけですしね。なので、今日もまずはフリーキックのような形で蹴って、感覚を掴んでから動いたボールを蹴ったらどうかな、と。僕もそうやって蹴って、蹴って、染み付かせましたしね。それがあれば、たまに蹴っても、思い通りに飛ぶものですよ(遠藤コーチ)」
事実、この日の居残り練習では、岸本が30本近く、右からのクロスボールを蹴り込んでいた中で途中、遠藤コーチが2本、ボールを蹴り入れたシーンがあった。しかも、目を見張るほど、正確な弾道のクロスボールを、だ。
「今の武流はまだ、その都度、ボールが当たる箇所がズレているから同じように飛ばないけど、止まったボールで練習を繰り返して、調整して、同じ場所に当てられるようになったら、動いたボールでも、どんな体勢でボールを受けてもきっと同じところに当てられる。…っていうのが今日の練習でした。結局、キックって反復練習しかないから。もちろん、多少はセンスも影響するけど、そのセンスがないなら努力すればいい。センスがないのに巧くやろうとしたって無理ですしね。だから練習して、練習して、練習する。武流だけじゃなくて、みんなにもいつも言っていますけど、1本のシュートで人生は変えるために。ただ、プロの世界は、そんなに何回もその『1本』のチャンスをもらえるわけではないので。人生を変えるためには、その1本を、与えられたチャンスの『最初』で出さなきゃいけない。そのためにも、練習あるのみです(遠藤コーチ)」
これに対して、岸本はといえば「ヤットさんのキック、見てました? 2本蹴っただけで、あの精度やから。どないやねん!」と苦笑いを浮かべつつ、「僕は天才じゃないので、練習あるのみ」だと続けていた。
「見ての通り、僕の今日のキックは全然でしたけど、ヤットさんは2本蹴っただけであの精度ですからね。どうやねん! なんなん!? みたいな(笑)。ヤットさんはいつも『もっとこうして! こうしろ!』ではなく『こうしたらうまくいくんじゃなーい?』って感じで伝えてくれるんですけど、『そういう感じかー』って思って蹴っても全然、上手くいかへんし、自分に腹が立つ(笑)。『見たらわかるでしょ?』って言われても、全然わからんし、今日みたいに、たまにしか蹴らないヤットさんの方が精度が高くて、自己嫌悪に陥るわ、みたいになることもあります(笑)。でも、ほんまにいつも居残り練習に付き合ってくれていることに感謝していますし、時折、ボソッと言ってくれる『1日で人生変わるから』『その一本で、人生変わるから』って言葉を励みにしています。残念ながら、肝心のキックはまだまだ練習が必要やけど、毎回『この一本でキャリアが変わるかもしれない』と思って蹴っているので、それが言霊になっていつかは実を結ぶ日がくるのかな、と。っていうか、この積み重ねがいつか活きる日がくると信じて、頑張ります! 今日はあのダイレクトボレーも1本も決まらんかったけど、いつかはあれも決まる! クロスもバンバンあうようになる! 自分を信じます!」
その時は、自身に言い聞かせるように、クラブハウスを後にした岸本。結果的に、先に書いた湘南戦でのゴールシーンは、いずれも、その時の居残り練習で取り組んでいた形とは違うもので、試合中に送り込んだ2本のクロスボールは精度を欠いたが、先発から遠ざかっていた期間に取り組み、積み上げてきた時間は、間違いなくこの日の、そして、この先の結果につながるものだと言っていい。
「努力は嘘、つかないからなー」
湘南戦後のロッカールームで、遠藤コーチから岸本に向けて投げ掛けられた言葉の通りに。



