【松田浩(ガンバ大阪フットボール本部 本部長)インタビュー後編】組織改革で模索する『ガンバらしさ』とは。2024シーズン前半戦レビュー
松田浩氏へのインタビュー後編は、今年からガンバ大阪に新設された『フットボール本部』がテーマ。“フットボールマネジメントの抜本的改革”を掲げ、これまでは別々の部門として活動してきた「強化(トップチーム)」「アカデミー(ユース、ジュニアユース)」「普及(スクール)」が連携し、一貫したガンバ大阪のサッカースタイルを構築することを目的としている。立ち上げから半年。フットボール本部を統括する本部長の立場から活動を振り返ってもらった。
ポヤトス監督との関係。南野遥海の成長
――インタビュー後半戦は今年から新設された「フットボール本部」がテーマです。まずはフットボール本部の本部長に就任された経緯から聞かせて下さい。
「最初は(フットボール本部の)本部長になって欲しいというオファーではなかったんです。アカデミーダイレクターなのか、テクニカルダイレクターなのか、要は監督やコーチではなく、フロント寄りの仕事であるという話からスタートして。交渉を進めていく中で『フットボール本部を新設するから、本部長を務めてもらえないか?』という話になり、最終的にはオファーを受けたというのが経緯ですね」
――いわゆるGM(ゼネラルマネージャー)的な役割を期待されてのオファーだった。
「確かに交渉の中でGMという言葉もありましたが、個人的にはGMは経営サイドの意味合いが強いと思っていて、私はそちらよりもフットボールの現場に近い立場……『フットボールダイレクター』と呼んだりしますけど、トップチームからアカデミー、スクールも含めてフットボールの現場を統括する仕事の方が自分の経験を活かせるのではないかという話はさせてもらいました」
――2022年は8月からJ2降格危機のガンバ大阪の監督に就任してJ1残留に導き、昨年もテゲバジャーロ宮崎(J3)の監督を務められている中で、監督職への未練はなかったのですか?
「なかったですね。年齢(63歳)的にも監督業には区切りをつけて、マネジメントサイドの仕事に挑戦したい気持ちの方が強かったので。それに前監督である私が監督への意欲をもってフットボール本部長を務めていたら、ポヤトス監督としてもあまり気分の良いものではないはず(笑)。そこは最初にハッキリさせました」
――逆に監督経験が豊富だからこそ成り立つポヤトス監督とのコミュニケーションもあると思います。
「私のこれまでのキャリアを考えても、戦術的な話もできますし、そこは求められていることでしょうね。トップチームの監督をアンタッチャブルな存在として、結果が出なかったら解任にするというやり方も見てきました。ただ、お互いに意見を持っている者同士だからこそ一緒に良い方法を探り、ざっくばらんに会話をしたい。そういうコミュニケーションを実現したいと考えたことも、このオファーを受けた理由の1つです」
――コミュニケーション強化という面では、トップチームとアカデミーの連携強化もフットボール本部を新設した目的の1つです。V・ファーレン長崎ではアカデミーダイレクターもご経験されていますが、この点についてはいかがですか?
「ガンバで監督を経験している時(2022年)にトップとアカデミーのコミュニケーションが不足しているとは感じなかったですが、さきほど(インタビュー前編で)話した今後の移籍戦略の面も含めて、アカデミーからプロを輩出していくことの重要性は高まっています。私と一緒に(テゲバジャーロ)宮崎に行った(※2023年期限付き移籍)南野遥海もユースに所属している時からトップチームの練習に参加して、今は栃木SC(※2024年期限付き移籍)で活躍していますけど、伸びる選手は環境さえ整えると成長を促進させることができるので、刺激となる経験はたくさん積ませてあげたいですね」
クラブとして成功と失敗のデータを積み重ねる必要性
――フットボール本部は「強化部」「アカデミー部」「普及部」「フットボールマネジメント推進部」の4部署で構成されています。各部署の部長について松田さん目線で紹介してもらえませんか?
「強化部(部長)の梶居(勝志)は選手時代に対戦したことがあるんですよ。僕がマツダ(SC)で、彼が松下(電器)に所属していた時の話で昔からよく知っています。元選手だからこそ(ガンバ大阪の)選手たちのコンディションやメンタルの変化など、よく見ているなと会話から感じることは多いですね。今年のガンバの好調要因の1つとして新加入選手が機能していることは大きくて、そこは彼を中心に強化部がシーズンオフに大変な想いをしながら頑張って編成した成果だと思っています」
――「アカデミー部」「普及部」の部長である星原隆昭さんはガンバ大阪の元選手である星原健太さんのお父さんです。
「今は『健太のお父さん』というイメージでしょうけど、昔は(健太さんの方が)『星原さんの息子』という感じだったんですよ。関西人の典型のような人で、めっちゃおもろいオジサン(笑)。星原とは日本サッカー協会で一緒に仕事をしていて、一時期は常に一緒に行動していた関係です。アカデミーに関する経験が豊富なので頼りになる人物です」
――「フットボールマネジメント推進部」の部長は竹井学さん。過去にフットボリスタの取材を何度も受けていただいていますが、これまではビジネス寄りの部署で活躍されていた方です。
「フットボールマネジメント推進部は他の3部署と比べると少し特殊で、アヤックスやチョンブリーFC(タイ)との提携など、そういう戦略的なことを考える部署です。私を含め、フットボール本部は個人事業主というか、契約社員として活動している人間が多く、いつガンバを離れることになるか分かりません。ただ、そういう人間だけで(フットボール本部を)編成するとクラブとしての蓄積がない。監督の選び方、チームの編成、選手の査定……クラブとして成功と失敗のデータを積み重ねる必要があって、それを司る部署として(正社員である)竹井が部長を務めています」
――クラブとしてデータの蓄積や継続性の重要性は以前、竹井さんも話されていました。
「経営企画部の部長としてクラブの未来図を描く中で、大きな視点でその重要性を感じる部分はあったのかもしれませんね。フットボール領域においても、今後はクラブが目指す方針に沿って、データも活用しつつ、代理人から推薦された選手を獲得するだけではなく、主体的な選手獲得や編成を促進する……そういう部分でも機能する部署になると思います」
アカデミーには『ガンバらしさ』を考え続けた歴史がある
――2024シーズンキックオフイベントで、定期的にフットボール本部の全部署が集まる「技術委員会」を開催すると話されていました。あらためて本会議の目的を教えてください。
「物理的にもクラブハウスでトップチームとアカデミーは部屋が仕切られているんですが、やはり膝を突き合わせて会話する機会が大切だろうと。お互いの考え方や活動を知ることで相互理解を深め、協議して決める。最初の会議ではユースの監督やコーチ、スカウト……皆が集まって、ポヤトス監督にサッカー観をプレゼンしてもらったり、逆に町中(大輔 ユース監督)には、ガンバでのキャリアが長いので『ガンバらしさ』をプレゼンしてもらったり。我々は(目指すスタイルとして)攻守に主導権を握るサッカーを掲げていますが、『じゃあ、スペインにおけるシメオネのサッカーはそれに該当するのか?』とか、お互いのサッカー観を理解し、認識を合わせることから始めています」
――クラブとして、トップチームとアカデミーが同じサッカーを志向するマネジメントは簡単ではありません。
「そうですね。ここはアカデミー主導になっていくと思います。トップチームは直近の試合で結果を出すことを最優先で活動するので、中長期的なところに目を向けるのは難しい。私自身が(V・ファーレン長崎で)アカデミーダイレクターを務めていた時の経験的にも、アカデミー主導で進めないとなかなかスタートが切れないと感じています。アカデミーには『ガンバらしさ』を考え続けた歴史がありますし、その時その時でトップの監督の意見も参考にしつつ決定するようなプロセスをイメージしています」
――「技術委員会」を通じて、トップチームとユース(アカデミー)の連携が深まっていけばいいですね。
「相互理解が深まれば、スムーズに『ユースの選手をトップチームの練習に参加させていいよ』とか『怪我人が多いからユースの選手を貸してよ』といったコミュケーションが生まれやすくなるはずです。クラブとしてユース選手の育成はより重視していきたいですし、将来的には定期的なトップチームへの練習参加など意図的にタレントの成長を促進させる仕組みもつくりたい。時には意見を戦わせながらクラブとして部署間の連携を深めて、ガンバとしてのフィロソフィーを確立させていきたいです」
サブとして100点満点の行動
――トップチームの2024シーズン前半戦についても聞かせて下さい。現在リーグ戦3位。好調要因として「中谷進之介選手、一森純選手ら新加入選手の活躍を中心とした堅守」や「主将・宇佐美貴史選手の復調」がよく報道されていますが、松田さんはどのように捉えていますか?
「(報道と)同じようなことを言ってしまいますが、監督の志向するサッカーを具現化できる選手が加入したことはやはり大きい。堅守に関しては、ビルドアップのミスによる失点が減っている。湘南(ベルマーレ)戦では相手のビルドアップミスで得点できましたけど、昨年は逆にガンバがああいうミスで失点を重ねていましたから。安易なミスからの失点が減ると拮抗した試合展開になって集中力が続く面もありますね」
――ビルドアップ面では鈴木徳真選手の存在感が際立っています。
「彼の存在でビルドアップ時のポゼッションを維持できるというか、相手のプレッシングを剥がせるというか……ポヤトス監督のサッカーに本当にはまっている選手だと思いますし、そういう選手をしっかり獲得できたことは本当に大きなことだと思っています。戦術的にも、技術的にもビルドアップで安易にボールを失わないのは失点が減っている原動力なので」
――現状の守り勝つスタイルは、理想とする「攻守に主導権を握る魅力的なサッカー」とは違うのかもしれません。ただ、今年は内容以上に結果を重視すると発言されていた通りの展開になっています。
「そうですね。湘南戦のあと、チームに『勝ったけど、内容はあんまり良くなかったね』と言ったら『いやいや、松田さんが結果を重視すると言ったんでしょ』と冗談交じりで言い返されました(笑)。昨年はスタイルの構築を強く意識して戦っていたようですが、プロの世界で結果を無視してはいけない。そこは始動時のミーティングで強調したところです」
――攻撃面では宇佐美選手が好調です(18節終了時点で7得点3アシスト)。
「技術的なリーダーであることは間違いないですが、今年は精神的なリーダーとしてチームを牽引してくれています。それは倉田(秋)選手も同じです。ガンバのアカデミー育ちとしての残留争いが続く現状への危機感なのか、クラブ愛なのか、『ガンバ大阪としてあるべき姿じゃない』という意識を強烈に感じますね」
――精神的なリーダーという面では、新加入の中谷選手、一森選手の影響も大きいと感じます。一森選手はレンタルバックですが、彼らがチームに即フィットできた要因をどう考えていますか?
「それは元々持っていた能力が高いということだと思います。一森選手は私が(ガンバ大阪で)監督を務めた2022年は出場機会があまりなかったですけど、サブとして100点満点の行動というか、リーダーシップを見せてくれていたんですよね、既に。だから、今の活躍には驚きはないです」
課題は得点力不足
――チームが好調なので先発メンバーが固定傾向にあります。シーズン後半戦では、怪我人も復帰してきますし、マネジメント的には難しさが出てきます。
「確かに怪我人が戻ってくれば、選手起用のマネジメントは今以上に大事になるでしょうね。ただ、選手たちは成熟した大人なので。個人のエゴよりもチームのことを考えて行動できるか。監督のマネジメント以上に一人ひとりの自覚の部分。強いチームはそうした意識の部分がしっかりしている。そこは難しさ以上に期待もありますよ」
――技術面における課題はどのように認識されていますか?
「それはやはり得点力不足です。ゲームを支配している割には得点が少ない。チャンスを作れていない訳ではないので、そこは補強なのか、戦術なのか、ここから勝ち点を積み重ねていく上では手を打たないといけないところ。例えば、ボランチは鈴木徳真、ダワン、ネタ(・ラヴィ)の3人でローテーションしていますけど、攻撃的な選手は90分の中で分業制みたいなところもあるので、同じポジションに複数人いる編成は問題ないと考えています」
――補強に関しては、今後も国籍は意識しない形で行われますか?
「多国籍路線にしよう、欧州路線にしようといったことを狙ってはいません。目指すサッカーがまず存在して、それに合った選手を国籍は関係なく獲得していく。それも代理人からの提案を待つだけではなく、主体的に探す。その結果として、これまで獲得してこなかった国の選手がガンバに加入することもあるかもしれません」
――本日は長時間のインタビューありがとうございました。シーズン前に掲げた目標はリーグ7位以上。最後に後半戦の目標を教えてください。
「ありがとうございました。目標(リーグ7位以上)達成はマストですね。さきほどお話したチームマネジメントも含めて現状に満足せずに緊張感を維持できるかが後半戦の鍵になると思います」
Hiroshi MATSUDA
松田 浩
1960年生まれ、長崎県長崎市出身。現役時代はサンフレッチェ広島やヴィッセル神戸でプレー。恵まれた体格を活かしたDFとして活躍。引退後はゾーンディフェンス戦術を特徴に複数のJリーグクラブ監督を歴任。2022年8月にJ2降格危機にあったガンバ大阪の監督に就任すると、堅守をベースとした戦い方でチームを立て直し、J1残留に導く。2024年よりガンバ大阪に新設されたフットボール本部の本部長に就任。