東口順昭に「勝ちたいって思ったら違う」 32歳GKが宣言、チームにベクトル向ける訳【コラム】
G大阪守護神、昨季所属の横浜FMとのアウェー戦で先発出場
「泣いてないと思うんですけど……」
横浜F・マリノスとのアウェーゲームで0-2と敗れたガンバ大阪GK一森純は苦笑いしながら振り返った。試合後、横浜FM側のゴール裏へ挨拶に向かった一森は何度も目頭を押さえて、涙を堪えるような仕草をしていたからだ。
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「本当に、うしろでいつも支えてくれていたサポーターに、しっかりと挨拶できて良かったなと思います」
32歳の一森は昨シーズンの1年間、横浜FMに期限付き移籍して守護神として上位争いやACL(AFCチャンピオンズリーグ)に挑むチームを支えた。開幕前に突如、高丘陽平のMLSバンクーバー移籍が決まり、横浜FMは代わりのGK探しを急ぐことに。そこで白羽の矢が立ったのは、G大阪で当時、控えの立場にあった一森だった。
プレシーズンのキャンプにも参加していなかった新参者の一森が、昨季J1の第3節からいきなりゴールマウスを任され、最初の頃は安定したパフォーマンスを見せられなかった。それでも横浜FMの攻撃的なスタイルにあって、積極的にトライし続けるGKはパフォーマンスの向上とともに、サポーターの評価と信頼を掴んでいった。
現在はベスト4まで勝ち上がったACLでは、グループ初戦で仁川ユナイテッド(韓国)相手に4失点を喫したが、苦しみながらもグループステージを勝ち上がる原動力になった。昨季リーグ戦2位で、ヴィッセル神戸に優勝を明け渡す格好となったが、厳しい過密日程を戦いながら、最後まで上位争いを演じた昨シーズンの横浜FMは一森の存在抜きに語ることができない。しかし、別れの日はやってきた。
期限付き移籍期間が終わり、一森はG大阪に戻ることとなったのだ。もちろん完全移籍、そうでなくても期限付き移籍の延長で、一森が残ることを望む声は多くみられた。しかし、一森には自分なりの決意があった。G大阪でポジションを取って、チームを勝たせるGKになることだ。
「チームを勝たせたい」…目的はあくまでG大阪の勝利
「チームは違いますけど、僕が頑張って、ガンバを勝たせられるGKになると、マリノスのサポーターにも喜んでもらえるかなと思います」
沖縄キャンプの時にそう語った一森に、怪我で離脱している東口順昭のことに話を振ると「ヒガシくんに勝ちたいって思ったら目的が違ってきて。ガンバが強くなるために、勝てるために自分はやりたいですし。そこが目的になっちゃうとベクトルが合ってこないし、チームを勝たせたいというのが一番にある」と、G大阪の守護神としてチームを勝たせるということにベクトルを向けていることを強調した。
ライバルという基準で言えば、石川慧や18歳の張奥林も同じである。ただ、一森の目的はGKのポジションを取ることではなく、あくまでG大阪を勝たせること。横浜FM戦から4日前に行われた北海道コンサドーレ札幌戦では0-1と敗れたが、開幕戦から6試合で4失点という結果を提げて、一森は日産スタジアムに帰ってきた。
しかし、結果はG大阪が22本のシュートを記録するなど、パフォーマンスでは優勢に立ちながら、後半8分に左サイドから守備の隙を突かれて、エースFWアンデルソン・ロペスにゴールを許すと、最後はチームのベクトルが攻撃に向いた裏を植中朝日に破られて、痛恨の2ゴール目を許した。
「正直なところ前半からチャンスも決定機も数多く作ってるなかで、ポープ(・ウィリアム)選手は防いで。自分はやられてしまったので。キーパーの差かなって思います」
一森は今年から横浜FMのゴールマウスを守る相手GKを素直に称えるとともに、自分に矢印を向けて反省を口にした。攻撃陣がなかなかチャンスを決められなかったことについても、それを責めるのではなく「俺らはもっといい状態で前にボールを送らないといけない。もっと疲れてない状況でチャンスシーンを作ってあげたい」と語る。そしてなにより、相手に少ないチャンスから確実に2つのゴールを許したことが問題であり、課題でもあると認める。
新加入選手でありながら、ディフェンスリーダーとして守備を統率するDF中谷進之介も「僕と純くんでチームを変えていきたいなと思います」と信頼を置くほど、GKとしてだけでなく、キャプテンの宇佐美貴史をサポートする精神的支柱の1人としても、一森の存在が重要性を増していることは間違いない。そんな一森を大きく育てたのは横浜FMでの1年間だったのだ。
「特別な思いというのはあったんですけど、いつもどおりという気持ちを常に心掛けながら、やろうとしてました。でも、いつもどおりやろうって思ってる時点で、多分そうじゃないなっていうふうには思ってたので。もうそれはしょうがないことなんです」
古巣との一戦で敗れ「悔しさ残った」と本音吐露
試合に臨む心境をそう答えた一森は「マリノスではビルドアップが特長に見えると思うんですけど、もうすべてにおいてスキルアップさせてもらった。それを生かすも妥協するも、自分次第やなって思いながら続けていて。そこで手を抜いて力が付いたとしてやってるのは僕自身じゃないと思う」と語る。
だからこそ、横浜FMに勝って、サポーターのもとに挨拶に行きたかったのが本音だろう。一森は試合に負けたことで「何も残らへんのかなって思ったけど……自分の中ですごい悔しさっていうのは残って。マリノスに勝てなかったっていう……今はそんな感じです。苦笑」と心境を口にした。
一森にとってG大阪を勝たせるGKに成長していくことは、JFLからスタートした古巣のレノファ山口FCや3年間過ごしたファジアーノ岡山、そして横浜FMのファミリーに成長を見せることでもある。5試合負けなしから札幌戦に続く2連敗となったG大阪だが、現実を見ながらも前向きな一森の存在が、チームのベクトルを推し進めていくことを期待したい。7月6日、ホームのパナスタに横浜FMを迎える日まで。
[著者プロフィール]
河治良幸(かわじ・よしゆき)/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。