エージェント・田邊伸明氏に訊く〈シーズン移行によって『ゼロ円移籍』は増えるのか?〉「世界の移籍市場でもおそらく70〜80%は…」
そもそもJリーグがなぜ作られたのか
僕が会社を作ったのはまだJリーグが始まる前で、夏にキャンプが始まって9月にJSL(日本サッカーリーグ)カップがあって、秋にリーグ戦が開幕する時代でした。だから、元のサイクルに戻る形ですよね。1993年にJリーグが開幕するときにはプロ野球のシーズンを意識したり、冬が寒かったりということで、今の日程にしたんでしょうけど、僕としては欧州とシーズンが違うことで不便なことが多かったんです。だから、以前からシーズン移行の話が出るたびに「そのほうがいいよ」と思っていました。
僕はこれまでサッカーの仕事をしながら、「自分の仕事は日本サッカーを強くするために役立っているのか」と考え続けてきて、今も判断基準は「日本サッカーのためになっているか」ということです。シーズン移行についても、雪国の人たちからしたら「大雪の際は家に帰るだけでも命懸けなのに、サッカー見に行っている場合じゃないよ」という話でしょうから、いろいろ考えなきゃいけないとは思うものの、そもそもJリーグがなぜ作られたのかというと、「日本代表を強くするためにはプロリーグがあったほうがいいよね」というところから始まっていますよね。
だから、満場一致はあり得ないですけど、批判を恐れず言えば、Jリーグを作るときだってきっと川淵(三郎)さん(元Jリーグチェアマン、元日本サッカー協会会長)もいろいろな障害を乗り越えて推し進めていったんだから、こういうときも「Jリーグを作った目的」に沿って進んでいくしかないんじゃないかと思っています。
――欧州とのシーズンのズレによる不便は、どのようなところに感じていたんでしょう?
僕の仕事で言えば、最初の大きなトピックは稲本潤一のアーセナル移籍ですね。普通に考えると、ヨーロッパに行くなら向こうのシーズン前、7月1日からの契約で夏に移籍したほうがいい。稲本と契約したのは2000年2月で、当時は海外セールスが初めてだったので、どうやって進めようかと考えて、まずはガンバ大阪に正直に言うことにしました。「稲本と契約しました。海外に行きたいと考えています」と。
当時はヨーロッパがどうやっているのか知らなかったけど、日本でいきなり「海外に行きます」と言ってすぐに出るのはひんしゅくを買うだろうし、当時は夏にシドニー五輪が控えていたのですぐに行くのは難しかった。でも、01年夏にはコンフェデレーションズカップがあって、02年には日韓ワールドカップもあったから、「1年後の2001年夏に移籍する予定です。そのためにこういうスケジュールで考えています」と伝えました。
ただ、前もって伝えたところでオファーが来ない場合もあるし、突然オファーが来ることもある。そういう中で何度も調整が必要になるのは、シーズンが違うことによる弊害ですよね。契約期間を変えればいいかというと、「半年間だけの契約をするときはシーズンの終わりに合わせなきゃいけない」というFIFA(国際サッカー連盟)のルールがあるので、日本では2月から6月という契約はできない。これはヨーロッパを向いているルールですが、選手保護の観点からも日本と合わないですよね。
冬に移籍するなら12月中には決めてくれ
――春秋制のJリーグでプレーしていると、国際ルールと合わない面があると。
別のケースだと、浦和レッズにいた相馬崇人ですね。当時は海外に行きたい場合、向こうの練習に参加して見てもらうというやり方があったんですよ。だから、「シーズンが終わって1月に海外に練習参加しに行きたい」とクラブに伝えました。ところが、クラブは「契約期間は1月31日までだからダメだ」と。
でも、国内移籍する場合は、1月31日までの契約なのに1月の始動日から移籍先のチームに所属して、キャンプにも参加しますよね。それが、海外の場合はダメだという。おかしな話ですよね。我々は今、選手の統一契約書とは別に付帯覚書を作っていて、そこに「海外の練習参加には行かせてほしい」とか、どう保険をかけるかという条項を入れていて、他の会社も真似するようになったんですが、それはこの話がきっかけでした。
髙萩洋次郎のケースでは、子どもの将来を考えて英語の環境で育てたいから英語圏のリーグに行きたいという希望でした。それをサンフレッチェ広島に伝えたら「真夏に抜かれるのは困るから、行くなら1月にしてくれ。もし途中で出て行くんだったら、シーズン頭の戦力としてはカウントできない」と。これも選手にとってはすごく難しい選択ですよね。
あと、今はヨーロッパでプレーしていた選手が日本に戻ってくることも多いですけど、向こうで5月終わりくらいまで戦って帰国しても、Jリーグの夏のウィンドー(第2登録期間)は7月下旬から8月上旬だから2か月くらいプレーできないわけですよ。それでしばらく休んでからチームに合流すると、シーズンは終盤に向かっていて、チームにフィットし切れないことが少なくない。これもシーズンがズレている弊害ですね。
――今夏も欧州で活躍した日本代表経験者がJリーグに戻ってきましたが、そのウィンドーの違いは深刻な問題です。
ヨーロッパに行きたい選手にとっても同じなんですよ。日本のシーズンを終えてから行く場合、ヨーロッパは冬のウィンドーが2月の頭くらいまで開いています。夏も同じですけど、最終日に駆け込みで決まることがよくありますよね。だから、選手をサポートする我々としては、少なくとも1月31日まではオファーを待ちたい。でも、今のシーズン制だと日本のクラブは1月半ばにはキャンプがスタートするし、予算の関係もあるから「移籍するなら12月中には決めてくれ」と言われてしまう。「1月まで待つというなら、戦力として見なさないよ」と。
でも、日本人選手の欧州移籍を12月中に決めるのは相当難しい。例えば、水沼宏太が横浜F・マリノスから栃木SCにレンタルしていたとき、シーズンオフにルーマニアのチームのキャンプに参加したんです。キャンプは2月2日までで、合否は最終日にならないと決められないと。でも、ダメだった場合、日本でのチームがなくなってしまうから、「申し訳ないけど、2月2日まで待ってください」という条件で日本のチームを探したら、ヴァンフォーレ甲府とサガン鳥栖だけが手を上げてくれた。
「ヨーロッパに行けるなら行きます。でもダメだった場合、待ってくれたチームに決めます」ということで、最終的に鳥栖に加入したわけですが、これもシーズンのズレの弊害です。「変だな」と思いながらやったけど、当時はそうするしかなかった。選手を宙ぶらりんにするわけにはいかないですからね。
――海外挑戦にあたって、所属チームがなくなるかもしれないというリスクは大きすぎますね。シーズン移行によって、移籍金の金額にも変化がありそうですか?
日本からヨーロッパに行く際には、明らかに夏の市場のほうがバジェット(予算)は大きいです。日本だってシーズン途中は少ないですよね。高い移籍金を払ってほしいのであれば、ヨーロッパのシーズン前の夏に移籍したほうがいいと思います。また、ヨーロッパのクラブが1月に補強するとなると、大半のクラブはポジションが限定されます。Jリーグでも、シーズン途中はピンポイントで補強するじゃないですか。
この話の根本として、ヨーロッパのクラブが何の収益を柱にしているかというと、やっぱり移籍金なんですよ。一方、日本は入場料収入、マーチャンダイジング収入、スポンサー収入、Jリーグからの配分金という4本の柱がある。だから、シーズン移行はちょっと……という人が出てきてしまう。
日本は親会社から来た人がクラブの社長をやることが多いですけど、スポーツチームの経営は普通の会社の経営とは明らかに違う。そういう人たちにとってみると、移籍金で収入を得ることは「うちのチームで一生懸命頑張っている選手を売るなんて」という発想になってしまう。日本の商習慣と合わず、人を売って金を稼ぐのは何事だという考えがあるんだけど、そこを収益にしないとこれ以上日本サッカーの規模は大きくならないですよ。
移籍金が発生する20〜30%に価値を持たせる
世界の移籍市場でどれくらいの選手がフリーで移籍しているかというと、たぶん70%、80%はフリーだと思います。ただ、世界的には、移籍金が発生する20%、30%にどれだけの価値を持たせるかを考えている。日本もそういうふうに考えなきゃいけないんじゃないかと思います。だから、「Jリーグがスタートするとき、育成組織を持って選手を育成することを義務付けたんじゃないの?」と。選手が移籍したら、その穴を育成組織で育てた選手を起用して埋めていく。
それこそ昔、僕は中田浩二をフリー移籍させて大バッシングを受けたんですよ。当時の鈴木(昌)チェアマンからも定例会見で「それを調整するのがエージェントの仕事だろう」と言われて。シーズン移行をしたら現実的に、多くの選手がフリーで移籍するとは思います。海外に行く選手が増えるのは間違いない。でも、それは世界からしたら当たり前の話なんです。
選手が仕事を得るために、働きたいところに行くのは当たり前のことですよね。堅苦しい言い方をすれば、憲法で保障されていることだし、契約が切れたタイミングにフリーで移籍するのは自由です。みなさんの仕事だって同じでしょう。それが普通なのだとしたら、その中から「移籍金を払ってでも獲得したいという選手を育てるためにどうしたらいいか」というふうに考えたほうがいいと思います。
――シーズン移行による影響は、移籍に対する考え方次第で変わると。
極端なことを言えば、日本のクラブが高く売りたいと思うなら、選手を高く売れるように起用するしかないんですよね。例えば、J1のある選手はとてもいい選手で、彼自身もヨーロッパに行きたいと思っている。僕もアンカーとしてなら絶対に行けると思っていますが、彼はチームでは3バックの右で使われているんですよね。
移籍金を収益の柱にするためには、「この選手はこのポジションで使ったほうが売れる」という考え方も持つべきだと思います。同じように、若い選手も積極的に起用して育てて、相応の金額で売るということも戦略として考えていかないといけない。だから、クラブが移籍金を収益にしたいなら、監督に若手の起用を求めなきゃいけないと思います。そういう意味では、監督だけでなくプロのGMや強化責任者を海外から連れてこないと変わらないのかもしれないですね。
――エージェントの立場から、移籍金を増やす取り組みはどのようにされていますか?
エージェントの立場からすると、まずクラブが移籍金を設定してくれれば、それ以上で獲ってもらえるように頑張ります。「5000万円で行けるようにしてください」と決めてくれたら、僕らはそれ以上で行けるように頑張るし、その結果、「最終的にこれくらいで行かせてください」と言えることもある。浅野拓磨、北川航也、川辺駿の場合は、クラブが設定した金額よりもかなり多く残しました。
なぜ、金額を決めてほしいかというと、向こうはセールスするときに「いくらですか?」と当たり前に聞いてくる。それにマンチェスター・ユナイテッドから「いくら?」と聞かれた場合と、ベルギーの中小クラブから「いくら?」と聞かれた場合では、同じ値段を答えないですよね。マンチェスター・ユナイテッドからはより多くのお金を引き出せるかもしれないので。だからこそ、細かく決めておきたい。
移籍させたくないからと、金額を決めてくれない場合は難しいです。ある選手の場合はそれを決めてくれないまま、契約が残り1年の段階で海外からオファーが来たんです。その時点では監督が「出しません」と言ったので、いったん移籍はなくなったんだけど、「次のウィンドーならいくら」と決めてくれたらいいのに、それも決めてくれなかった。その結果、フリーで出ていくしかなかったんですよね。
ブラジルは欧州に合わせてうまくできている
最近は別の選手がいくらで移籍したかをクラブに見せて、「もし、これでダメだったらこのくらいで行かせてください」という交渉もしていますけど、エージェントだけが頑張ってもダメなんですよね。正直、半年後か1年後にフリーになるなら、どんなに重要な選手でもその時点で売って移籍金を得るべきなんですよ。ただ、日本のクラブはそれがなかなかできない。その原因の一つとしては、シーズンがズレているからというのもある。先ほど言ったように「8月31日に行かれても困るよ」って言われますから。
実際、そこで選手に出て行かれたら、Jリーグのウィンドーの期限もあって新たな補強はできないんですよね。でも、ヨーロッパを見ると8月31日に決まるケースがどれだけ多いか。そこには駆け引きがあるので。シーズンがズレていることによってヨーロッパに行きにくいし、行かれた場合に移籍金が取りにくくなるという問題は間違いなくあります。
――欧州のシーズンとのズレという点では、日本と近い1月末開幕で12月閉幕のブラジルはどうしているのでしょう?
ブラジルの場合、なぜシーズンが違っていてもヨーロッパへの移籍が成り立つかというと、まず州選手権が年の始まりにあって、それから全国選手権があるからです。州選手権が終わった時点で全国選手権に出られないチームは試合がなくなり、基本的に選手たちはフリーになる。ちょうど全国選手権が始まる頃がヨーロッパのシーズンが始まる夏と重なるので、移籍が可能になる。特に良い選手は全国選手権が始まってからでも買われていく。ブラジルはシーズンがズレていても、ヨーロッパに合わせてうまくできているわけです。
日本の今のシーズン移行の議論では、「選手が出て行ったらどうするんだ?」という話になるけど、そうじゃなくて「その選手の価値を高めるためにどうしたらいいの?」、すなわち「リーグの価値を高めるためにはどうしたらいいの?」という議論が本来は先にあるべきです。
今は雪国にとってどうかという話が大きくなっていて、そこから議論が始まると、確かにいろんな問題はあると思うけど、「Jリーグってどうしてできたの?」という視点が必要です。これからJリーグが発展して、日本代表が強くなって、日本サッカー全体が発展していくことが最も重要で、「その価値を上げるためには何が必要ですか?」ということを考えると、そのひとつの答えはシーズン移行ではないか、と思っています。
――そのタイミングが今だ、ということですね。
日本人はできているものを改造したり、デフォルメしたり、飛躍的に伸ばしていくのは得意だけど、ゼロからモノづくりをするのがあまり得意じゃないし、好きじゃない。みんなが横の様子をうかがって、「みんなはどうするの?」と見ているところがあるから、誰かがここで舵を切ってやらないと実現できないんじゃないかなと思います。
(企画・編集/YOJI-GEN)



