谷晃生がベルギーで「想像していた以上」の過酷な日々 ビザに振り回され、選手登録は遅れ、右足首のケガは「自分で治した」
谷晃生インタビュー(前編)
冷たい雨風に見舞われたStade de la Cité de l’Oie。FCVデンデルEH(ベルギー)のGK谷晃生は、初めてジュピラープロリーグ(2部)のピッチに立った。
ガンバ大阪からの期限付き移籍で海を渡って約4カ月半。アウェー戦ということや天候悪も重なって、観客は100人弱、駆けつけたデンデルサポーターも10人ほどと、華々しさとは程遠い状況でのリーグデビューになったが、スタンダール・リエージュ16FCを相手に早い段階でリードを奪うと、その後も効果的に得点を重ねて4-0と完封勝利で締めくくった。
「もともとデンデルは1部リーグにいたので、ホーム戦ならゴール裏だけで100人くらいのサポーターがいますけど、今日は今シーズンでも一番、お客さんが少なかったです。今の季節や今日の天気、場所的なこともあったし、トップチームが1部リーグに在籍しているクラブのセカンドチームとの試合は国内でも人気が低く……。
かといって、デンデルのホーム戦でも約7000人収容のスタジアムに1000人も入らないですけどね(苦笑)。ガンバU-23でJ3リーグを戦っていた時のほうが断然、(観客は)多かったですよ」
試合内容もデンデルの一方的な展開になったものの、谷自身は展開に揺り動かされることなく、序盤から積極的に声を出して味方を鼓舞したり、セットプレー時には守備の集中を促すなど、アラートさが感じられるパフォーマンスを披露。特に風下に立った後半は、ゴールキックが風で大きく戻されてしまうシーンも多く、より天候を意識したプレーが目立ったが、終始危なげないプレーで最後尾の砦になった。
「ベルギーに来てからの約4カ月間半、自分なりに苦しんできましたけど、その最初の壁みたいなものを乗り越えたあとのリーグデビューだったので、特別力が入っていたわけではなかったです。さすがに今はもう周りの選手のプレーの特徴や性格もわかっているし、自分のことも理解してもらっているはずなので、気を遣ったのは後半の風くらいでした。ボールを蹴るたびに風に戻されて、結果20mくらいしかキックが飛ばないような状況だったので。
それ以外は……味方が効果的に点を重ねてくれた一方で、シュートはあまり飛んでこなかったので、仕事らしい仕事はほぼせずに終わりました。チームメイトにも試合後、『今日はおまえが一番よかったぞ。ナイスセーブだったな』ってツッコまれたので、『今日はかなりのハードワークやった』と返しておきました(笑)」
チームメイトとのやりとりを聞く限り、また、ピッチ内外でのさまざまなシーンを切り取ってみても、チームに溶け込んでいる様子は伝わってきたが、本人の言葉にもあるとおり、ここまでの約4カ月半は「想像していた以上」の過酷な日々に苦しんだと聞く。ベルギーに渡って1カ月近く就労ビザが降りず、選手登録に時間がかかったこともさることながら、慣れない環境下で右足首を痛めたこともブレーキになった。
「デンデルにとっては、EU圏以外の外国籍選手の獲得が初めてだったからかもしれないですが、ベルギーに渡ったばかりの頃はとにかくビザに振り回されました。就労ビザが降りない限りは練習試合にも出られず……。
しかも、ようやく1カ月くらいかかってビザが降りて、最初の練習試合を戦い、直後のカップ戦でデビューを、というタイミングで右足首を痛めてしまった。ボコボコのグラウンドに右足が引っかかって、変な方向に足を持っていかれたことによる強捻挫でした。
ただ、治そうにもデンデルには治療器具が一切なくて(苦笑)。トレーナーもいるし、ドクターも週2回のペースで来ていますが、僕が所属してきたJクラブのように練習場ではケアができなかったんです。
チームが病院にアポイントだけ取ってくれたので、ひとりで病院に行ってMRIを撮り、骨には異常がないとわかったものの、チームに戻っても治療する術はなかったので、自然治癒を待つしかなく……。それじゃあ、休んでいる意味がないと思い、受傷から1週間くらいで自分から申し出て、痛みを押して練習には参加していたんですけど、『MRIの結果がよくないから試合には出さない』と言われてしまって(苦笑)。
そんなこんなで結局、練習をしながら1カ月くらいかけて自分で治しました。これまであまりケガをしたことがなかったので、受傷した事実そのものに自分でも驚きましたけど、環境が変わるってこういうことなんやろうな、って受け入れました」
実際、イレギュラーなことが起きることも覚悟のうえで海を渡っていたこともあり、その時期はまだ、「うまくいかないことも面白い」と自身が置かれている状況を楽しめていたという。チームメイトのほとんどが話すのはフランス語とオランダ語だったため、当初はコミュニケーション面での苦労もあったが、そのつど、自身が変わることで適応も求めてきた。
「今でこそ慣れましたけど、最初は『あれ? 英語を勉強してきたのに、まさかの英語じゃない!?』と驚きました(笑)。少しネジを外し気味でテンション高く入るくらいでちょうどいいかなって思っていたのに、『そもそも英語じゃないやん!』と。
チームメイトはみんな優しく、僕と話す時は気を遣って英語で話し掛けてくれていたんですけど、それ以外はほとんどフランス語かオランダ語ですから。となると、雑談や他愛のない会話が理解できず、自分との会話以外からチームメイトのことを知ることができなかったので、そこは難しかったです。
なので、チームメイトや現地で知り合った方たちに食事やホームパーティーに誘われたら断らないと決めて、積極的に参加するようにしていました。僕はひとり暮らしなので、家にいたら日本の友だちと連絡を取りがちになるけど、そういう場に出掛けていけば必然的に言葉を話すようになるので。
もともとの性格的には知らない場所に積極的に飛び込んでいくようなタイプではなかったですけど、今ではチームメイトを介して知り合った他チームの選手の彼女のバースデーパーティーにも参加するほどで……。日本にいた時の自分では考えられない行動をしています(笑)」
そんなふうに言葉の上達を意識したのは、海外でプレーするにあたり、ポジション柄、改めてプレーのディテールを事細かに言葉で伝える必要性を実感したからでもある。
「プレー中は、使うフレーズがほぼ決まっているので、必要最低限の単語を話せればそれで済むし、監督も英語なので困ることはないですけど、シーンごとに、瞬時に細かなディテールを伝えるには……たとえば、『ここで相手がボールを持っている時には、こっち側から体を寄せてコースを切ってほしい』など、的確に味方にコーチングをするには、やっぱりGKは改めて言葉が大事だな、と。
GKは必ずリアクションでプレーすることからも、必要な時に、必要な声掛けをできるかがすごく大事だと、改めて考えるようになりました。これは加入から1カ月くらい経った時に、GKコーチから『日本人は周りに気を遣いすぎる。そうじゃなくて、もっと自分を主張することも大事だし、もっとアグレッシブなメンタリティを持たないとダメだ』と言われたのもあります。
実際、加入したての頃の僕は、周りに何を言われても『OK、OK』と受け入れることが多かったんですけど、それじゃあいいプレーはできないし、周りを動かせないと、結局は自分のところにツケが回ってくるので。とはいえ、今もまだ、伝えるべきことが頭ではわかっているのに、それを咄嗟に言葉にできないもどかしさは、多少はあります。
でも、最近はそれを自分のなかで飲み込んで終わらせずに、伝えきれなかったことは、たとえば練習や試合が終わったあとに、『あのシーンの時はこうしてほしかった』と伝えるなど、自分なりの工夫はしています。もちろんその場、その場で言うほうがいいに決まっているので、空いた時間を使って自分の言葉のスキルを上げることも続けています」
(つづく)
谷晃生(たに・こうせい)2000年11月22日生まれ。大阪府出身。ガンバ大阪のアカデミー育ちで、高校1年生の時に二種登録され、2017年3月にはJ3リーグデビュー。同年12月には飛び級でのトップチーム昇格が発表された。2020年、湘南ベルマーレに期限付き移籍。2022年までの3シーズン、不動の守護神として活躍。2023年、ガンバに復帰するも、同年夏にはベルギーのFCVデンデルEHへ期限付きで移籍した。世代別代表では、2017年U-17W杯、2021年東京五輪に出場。2021年8月、日本代表にも初めて選出された。



