松井大輔やパク・チソン、ヤスさん…図抜けたタレントとの出会いのなかで、指揮官・石丸清隆が驚嘆する前田大然の飛躍。愛媛にも期待の逸材がずらり
「愛媛の若手にはどんどんやらせてあげたい」
現役プレーヤーとして12年、指導者に転身して17年と、30年近くプロサッカー界で生きている愛媛FCの石丸清隆監督。長い年月の間には、影響を受けた偉大な選手、傑出した才能との出会いも数多くあったという。
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「アビスパ福岡でプレーしていた若手時代であれば、タフなメンタリティの三浦泰年、小島伸幸、小島光顕といった先輩との出会いが大きかったですね。当時の福岡はまだまだ弱小チームだったんですけど、彼らが勝者のメンタリティを植え付けてくれたのは確かです。
アルゼンチン人のピッコリ監督はメチャメチャ練習がきつくて、勝利への情熱も凄かった。『試合は戦争だ』くらいの勢いがありましたし、闘争心とかグラウンドに立つ心意気を教えてもらった。ヤスさん(三浦泰年)たちがそれを目の前で体現してくれたんで、自分自身が変わったし、メンタル的に強くなりましたね」と彼は懐かしそうに述懐する。
次の京都では、2002年に天皇杯制覇も経験。当時のメンバーには、若かりし日の松井大輔や元韓国代表のパク・チソンらもいた。
「京都の監督はゲルト(・エンゲルス)で、福岡と違ってボールを使ったフィジカル中心だったので、練習の負荷が軽くて逆に不安になったことをよく覚えています(苦笑)。
その時の若手が松井とチソン。自分は27、28歳で一番上だったのかな。チソンは人が良くて周りを巻き込めるタイプだったし、松井も良い意味でヤンチャというのかな(笑)。彼らを含めて若手がすごく元気だったんで、自分が支えてあげるくらいの接し方で上手くいった印象があります。
2人はその後、欧州に行って活躍しましたけど、若い選手がチャレンジしたら、十分できるという成功体験を示してくれた。そういう例があるから、今も愛媛の若手にはどんどんやらせてあげたいと感じますね。
そのためにも彼らの可能性を広げられるアプローチが重要。僕が大事にしているのは、『全員参加』ですね。何も役割を担っていない人がいない状態を作り出すというのかな。チームに関わっている全員がやるべきことに取り組めるような環境作りが必要になってくると思います」と、石丸監督は約20年前の経験を今に活かしているようだ。
指導者に転身後も、京都監督時代の奥川雅也(アウクスブルク)、山形監督時代の半田陸(G大阪)、昨年の愛媛で関わった小原基樹(広島から水戸へレンタル移籍中)など大きく成長した才能を見る機会に恵まれたが、10年間のなかで最も飛躍した逸材と言えるのが、コーチを務めていた松本山雅FC時代の前田大然(セルティック)だという。
「大然の成長は、僕らの予想をはるかに超えたレベルだったと思います。2016年に山雅に入ってきた彼は、2017年に水戸にレンタル移籍し、2018年に戻ってきましたが、その頃は正直言って、ほぼシュートが入らなかったですね(苦笑)。
『前日のシュート練習で、ミスしたシーンをもう1回作り出してほしい』と言われて、何十本と繰り返している姿もよく見ました。前日に泣いていたのに、気持ちを切り替えて貪欲に頑張っていた。そうやって人には分からないところで努力しているから今があるんです。
あのあと、ポルトガルのマリティモに行き、マリノスに戻ってきてから点を取れる選手になったのかな。一度、マリノスに練習を見に行ったことがあるんですけど、立ち振る舞いもしっかりしたし、表現力も身についていた。人として成長したなと実感しました。J1得点王、カタール・ワールドカップでのゴールには驚きましたけど、やっぱり人間的成長も大きな要素なのかなと思います」
昇格争いをリードも慢心はない
今の愛媛から前田のような逸材が出てこないとも限らない。そういう選手を送り出せれば、指導者冥利に尽きるはず。指揮官が今、有望視している1人が、今季19試合出場のDF小川大空。石丸監督と同じ大阪府出身の選手である。
「小川は、昨年はほとんど試合に絡んでいなかったんですけど、今年はキャプテンの1人をやらせています。ウチはポジション別に1人ずつ『パートリーダー』というのを置いているんですが、小川が率先してやりたいと言ってきたので任せています。
ディフェンス陣にはボランチ兼任の森脇(良太)や平岡(康裕)、前野(貴徳)といったベテラン選手が結構いますけど、プレーで引っ張る意識を前面に押し出してくれていますし、頭を使って周りを動かす仕事にも長けている。かなり良くなっている印象なんで、ここからの終盤戦が楽しみです」
それ以外にも、セレッソ大阪育ちで山雅やFC町田ゼルビアへのレンタルを経験して愛媛に赴いた森下怜哉も計算できる選手になりつつあるし、東京ヴェルディから加入した山口竜弥、茂木駿佑、深掘隼平らも実績を残している。
そういった面々がチームを底上げし、多彩な戦い方ができるようになれば、「負けない愛媛」から「勝ち切れる愛媛」になることも可能だ。着実な歩みを続けていれば、石丸監督が掲げている「J2復帰」は決して夢ではないだろう。
「僕自身はJリーグの監督を10年もやるような人間になるとは思ってもいませんでした。正直、そんな器じゃないから(苦笑)。よくここまで来たと思いますけど、楽な仕事じゃないなと痛感します。
先を見通して、そこから逆算したチーム作りをする余裕もないですし、今はこの1年をどうシミュレーションして、一つひとつ勝ち切るかだけに集中しています。
もちろん1人の監督としては、いずれJ1で指揮を執ってみたい気持ちもありますけど、まずは現場に立ち続けることが大事。結果を出せなければクビになる世界ですから、愛媛を引き上げ、選手を成長させなければ何も始まらないですね。
今の首位(21節終了時)という順位も決して楽観していないし、逃げ切るなんてことは、まったく考えていない。僕らがもう1つ上を目ざし続けることで、結果的に昇格が見えてくると信じ、懸命に取り組んでいきます」
今年50歳という大台を迎えるが、あくまでも謙虚な姿勢を貫く石丸監督。こういう堅実な道のりを歩む人が、最後は大輪の花を咲かせるのかもしれない。ここからの戦いが楽しみだ。



