最後の最後に見せた「意思のクロス」。 藤春廣輝が応えたハリルの要求とは。 Numer Web 11月27日(金)10時40分配信

最後のひと走り、最後のひと振り。

藤春廣輝はあきらめようとしなかった。

ロシアワールドカップ・アジア2次予選カンボジア戦、1-0で終わろうとしていた後半45分だった。

逆サイドから原口元気にボールが送られると同時に走り出してパスを呼び込む。人工芝に埋められたチップを蹴散らしながら猛然と駆け上がった。ゴールラインぎりぎりでニアにフワリと浮かすクロスを送り、本田圭佑のヘディング弾をアシストした。

左サイドバックで先発しながらも、それまではカンボジア相手に持ち味のスピードと攻撃性を発揮できないでいた。前半の終了間際には香川真司からのボールに飛び込んで左足で合わせる見せ場をつくりながら、左ポストを叩いて決定機を逸している。

最後の最後で彼をアグレッシブに前へと向かわせたのは、何だったのか――。

藤春はハリルジャパンの“一期生”である。

指揮官の初陣となった3月27日のチュニジア戦で、代表初招集ながら先発に抜擢され、セットプレーのキッカーも任された。「45分だけで代わると思っていたら」90分フル出場。代表の重圧と緊張も手伝ってか、終盤はかなりヘトヘトだった。

代表の経験が藤春の視線を変えた。

この代表デビュー戦の後、彼に話を聞く機会があった。

「代表に入ること自体が夢というか、奇跡というか……1分でもピッチに立てればと思っていましたけど、まさかのスタメンやったんで驚きました。で も、失うものは何もないんで、もうやるだけっていう気持ちになれたし、試合では悔いが残らないように、1分でも長くピッチに立てるようにとそれだけを考えて必死にやりました」

代表の高いレベルで練習できたことは刺激になった。代表を経験したことで自信がつき、プレーに余裕も出てきた。彼は言葉を弾ませるように言った。

「代表に定着することが、次の目標になりました」

お世辞にもテクニックがあるとは言えないが、快足の持ち主で運動量があってガツガツと闘うことができるのはハリル好み。左利き、11月に27歳になったばかりというのもアドバンテージである。

一度はチームメイトの米倉に席を奪われた。

意欲溢れるこの左サイドバックは、継続して招集されるだろうと思えた。長友佑都が復帰した6月の代表戦では招集されなかったものの、国内組で臨んだ8月の東アジアカップで復帰を果たす。初戦の北朝鮮戦で先発起用されたのを見るにつけても、国内組では序列が高いことが見てとれた。

北朝鮮戦は代表定着に向けた大事な試合ながら、連係面、パスでのミスが目につき、何より消極的だったのが気になった。試合は1-2で敗戦。残り2試合は先発から外れ、ベンチを温めるしかなかった。ハリルホジッチの信頼を勝ち取るまでには至らなかった。

3戦目の中国戦で左サイドバックに入ったのは、ガンバ大阪でチームメイトの米倉恒貴だった。球際の戦いを制しながら積極的に攻め上がっていく彼の ほうに指揮官は目を留めたわけである。米倉は9、10月の代表戦でも続けて招集された。2人はフィジカルが強く、アグレッシブに闘えるという特長が共通しているだけに、右利きの米倉が抜擢されるというのはつまり、藤春への物足りなさとも受け取れた。

代表定着の目標はあっさりと崩れた。

ハリルが会見で要求したことを成し遂げた。

簡単にチャンスはめぐってくるものではない。それに一度、期待に応えられなかったとなると、指揮官を再び振り向かせることは容易ではない。

それでもACL、Jリーグ、ヤマザキナビスコカップと連戦をタフに戦っていく様を、ハリルホジッチは評価していた。

11月の代表メンバー発表会見で、彼は藤春の選出についてこう語っている。

「(代表チームに)戻ってきた藤春は米倉から席を奪ったと言える。今回の試合では良いセンタリングが必要になる。彼の左サイドの駆け上がりとセンタリングに期待している」

代表に定着したいという思い。

このチャンスを逃がしてしまえば、きっと次はないだろうという思い――。

ハリルホジッチが会見で要求したことを、最後の最後で成し遂げた。

きっといろんな思いが、最後、彼を前に向かわせ、スピードを活かして駆け上がり、良いセンタリングを上げさせたに違いない。

固い意志がこめられたクロスだった。

だが、決して、追い込まれて切羽詰まった気持ちがあのアシストを生み出したとは思わない。

むしろ、「悔いが残らないように」と臨んだ代表デビュー戦の心境を、試合のどこかで取り戻したのではないかと筆者には思えた。

グループEで勝ち点ゼロのカンボジア相手にオウンゴールの1点だけではあまりに寂しすぎる。試合状況、代表経験の少なさ、アウェー、自分の置かれ た状況……様々な状況を考えると、藤春に焦りが生まれていてもおかしくはない。だが、そうではなかった。あのフワリと浮かす技ありのクロスを、本田に送り届けたのだから。

彼は自分の力をすべて出し切ったわけではない。

試合後、ハリルホジッチの表情を見ても、試合内容に対する不満の色は強い。最後のアシストは良かったとしても、藤春のパフォーマンス全体を通せば指揮官が納得していない可能性はあるだろう。

しかしながら、自分の力を信じて、最後に出し切ろうとした。悔いがないように、必死で。

代表定着という目標。

簡単ではないからこそ、追い求める甲斐がある。

固い意志がこめられた、いいクロスだった。

 

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