【番記者の視点】劇的勝利に陰の功労者あり G大阪の34歳DF藤春広輝 11か月ぶり出場でみせた矜持
◆明治安田生命J1リーグ 第22節 川崎3―4G大阪(6日・等々力)
【G大阪担当・金川誉】 なぜ、そこにいる? 思わず記者席で目を疑った。後半の2失点で3―3と追いつかれ、さらに川崎の猛攻が続く中で迎えた後半ロスタイム。G大阪の元日本代表DF藤春広輝(34)は、左サイドバック(SB)の定位置から離れ、敵陣深くで川崎センターバック(CB)にプレスをかけた。予想外の“圧”に、川崎にパスミスが生じた。そのボールを拾ったFW食野亮太郎のシュートが相手に当たり、劣勢の中でCKを獲得。このワンプレーが、MFダワンの劇的決勝ゴールへとつながった。
このシーンでは自陣ゴールキックからのこぼれ球を中盤で拾った藤春が、そのまま矢印を前に向けた判断から始まった。「あの時間帯(後半ロスタイム)にいけたのは、昔から最後まで走り抜く、ということをやってきた積み重ねだと思います。一番前にいましたよね。チャンスや、と思って。うまくCBにプレスにいけて、相手のミスを誘えました」。足を止めない。走りきる。藤春がプロで生き抜いてきた軸とも言えるプレーが、試合を決める起点となった。
DF黒川圭介の出場停止に伴い、リーグ戦では昨年9月3日の鳥栖戦以来、約11か月ぶりとなるピッチに立った。藤春に託されたタスクは、川崎のキーマン・右FW家長昭博を封じること。「(守備で味方の)CB2枚に(敵センターFWが)ひとりの時は、あまり中に絞らず、家長君にパスが出てこないぐらいの位置にいようと。簡単に家長君に(パスを)出されてキープされると、(右SB)山根選手が絡んでくる。家長君が時間をつくることで、周りが連動してくる。そこさえ出されなかったら、という考えでした。ミーティングで言われたことを全うしただけです」。家長を起点にした川崎の右サイド攻撃に注意を払い、決定的な仕事はさせなかった。
不安はあった。体力面、試合勘…。「90分持つと思わなかったですし、スタッフも60分ぐらいで足がつると思っていたと思います」という言葉は本音だろう。しかし相棒であるその両足は、最後までその闘志に応じピッチを駆けた。
11年の加入から、スピードと運動量を武器に長くG大阪の左サイドを支えてきたが、近年は黒川の台頭によりレギュラーポジションを譲った。当然、悔しさはある。それでも「昔からおれは、監督を決めたことは否定しないんです。自分が出られなくても、監督が決めたことは絶対。でも練習で手は抜かない。最後までやりきる。サブ(控え)だけの練習になれば、普通の練習と違った態度を取る選手もいるけど、自分はそうじゃない。それで落ちていくのは自分なんで。自分に返ってくるんで」。自身に矢印を向け、黙々とチャンスを待ち続けて迎えたこの試合だった。
前半24分には被カウンターの場面で、抜群のスピードを持つ川崎FWマルシーニョとの1対1を制した。「1回(逆を取られて)やべえっと思いましたよ。今までカウンター(の守備)では絶対にやられない自信があったので。やっぱり年かな…と。でもうまく対応できた。まだいけるんかな。経験の積み重ねでうまくやれたのかなと思います」。経験値が生きたのも、試合出場がない中でも練習場のピッチで、すべてを出し尽くす準備を愚直に繰り返してきたからこそだ。
試合後は、様々な感情が藤春の心には渦巻いていた。「(勝利は)すごくうれしかった。今までは試合に出ていて当たり前でしたけど、試合できる喜びを感じました。素晴らしいなと。(応援してくれた)サポーターにはすごく感謝しています」。さらに「デビュー戦より緊張したかな。(小、中学の後輩に当たる川崎DF)登里にも言われました。緊張するやろって。プレッシャーもあるし、みんな出続けている選手の中で、まったく出ていない選手がぽつんと出て。負ければ自分のせい。そこで勝てたのは自信になるし、サッカーっていいなってほんまに思いました」とも。G大阪ひと筋13年、今やJリーグ全体を見ても少なくなったワンクラブマン。34歳の表情には、これまでの幾多の勝利とも違った充実感がにじんでいた。