初招集・中村敬斗。「走れないし、戦えない」若者が日本代表に這い上がるまで【コラム】
日本代表メンバーが15日に発表され、中村敬斗が初招集された。中村はオーストリアの強豪LASKリンツで活躍しているが、現在の地位を確立するまでには厳しい道のりがあった。「走れないし、戦えない」と評された男は、いかにして日本代表まで上り詰めることができたのだろうか。(取材・文:元川悦子)
●日本代表に初招集された22歳
第2次森保ジャパン初陣となるウルグアイ代表(24日)、コロンビア代表(28日)との2戦に挑む日本代表メンバー26人が15日に発表された。これまで長年、代表をリードしてきた長友佑都、吉田麻也、酒井宏樹ら30代の面々が揃って外れ、カタールワールドカップ(W杯)組からは16人が残留。久保建英を除く2000年代生まれの若手5人が新たに抜擢されるというフレッシュな陣容になった。
その中で、特に注目すべきは、攻撃陣唯一のA代表初招集となった中村敬斗。17歳だった2018年にガンバ大阪入りし、19歳になったばかりの2019年夏にオランダ1部・トゥウェンテにレンタル移籍。19/20シーズンは17試合出場4ゴールという目覚ましい数字を残し、大いに注目された。
「ガンバ時代はレヴィー・クルピ監督には使われたけど、監督がツネさん(宮本恒靖)に代わってからは『走れないし、戦えないし、球際も行かないし、オフ・ザ・ボールの動きも足りない』と厳しく言われ、U-23チームに落とされた。そこで森下仁志監督(現ユース監督)にメチャメチャ鍛えてもらって、何とか這い上がれました。
だけど、欧州ではそんな足踏みをしている時間はない。自分はレンタルで来ている立場だし、限られた時間でどれだけ上に行けるかだから。他のライバルとの違いを示すためにもゴールに絡む動きがもっと必要。それをやらなきゃ生き残れないのは分かってます」と2019年10月時点の彼は鼻息が荒かった。
●運命を変えた「ゼロからの出直し」
そのギラギラ感と上昇志向の強さは、かつての本田圭佑を彷彿させるものがあった。奇しくも当時の彼の本拠地・エンスヘーデのグロールシュ・フェステ・シュタディオンは、2019年9月の日本代表対オランダ代表戦で本田が中村俊輔に「FKを蹴らせてくれ」と直訴した場所。その話を振ると、中村敬斗は「分かんないや」と苦笑しつつ、「自分はこれまでの人生で確立された場所に一度もいたことのない選手。自然とこういう強気の性格になりますね」と偉大な先人との共通点を認めていた。そういう意味でも大器の片鱗はあったのだ。
しかしながら、その後のキャリアは一筋縄ではいかなかった。同シーズン後半戦は出番が激減。新型コロナウイルスの影響もあり、契約期間を1年残して退団し、2020年夏にベルギー1部・シントトロイデンへ赴いた。が、そこでも思うように試合に出られなかったため、わずか半年後の2021年2月にはオーストリア2部・FCジュニアーズへのレンタル移籍を決断する。
「2017年のU-17W杯と2019年のU-20W杯に出ている中村敬斗がオーストリア2部?」と日本サッカー関係者の多くが驚きを持って受け止めただろうが、本人の中では「ゼロから出直す」という強い覚悟があったはず。半年間で9試合2ゴールをマークし、翌21/22シーズン序盤5試合で3ゴールと結果を残したことで、同国1部・LASKリンツへの完全移籍を勝ち取ることに成功した。
●生き残るために必要な辛抱強さと自己評価
ようやく「確立された場所」を見出した中村敬斗。左サイドでの推進力と打開力、ゴール前での迫力を前面に押し出せるようになり、同シーズンにはUEFAカンファレンスリーグも経験。フィンランドのHJKヘルシンキでプレーする田中亜土夢と直接対決する機会もあったという。
こうして完全にオーストリアに適応して迎えた今季。彼は大ブレイクし、リーグ戦11ゴール・カップ戦3ゴールの合計14ゴールを叩き出している。
「今の若い選手に共通することかもしれませんけど、『急いでステップアップしたい』という考えが周りを含めて強すぎる傾向があります。『25歳までにビッククラブへ行かないと成功できない』といった危機感が強すぎる成果、辛抱強くポジションを勝ち取ることをしない。そうなると結局、移籍を繰り返すことになりがちです。
敬斗にもそういう話はしましたけど、今のリンツに行ってからはく辛抱強く同じチームでアプローチを続けることができ、輝きを放つようになった。今季はゴールも重ねていますし、自己評価がしっかりできるようになったのかなと感じます」
シントトロイデンの立石敬之CEOも中村を前向きに評価していた。22歳になった彼は自分のやるべきことを冷静に客観視できるようになったのだろう。
それを評価したからこそ、森保監督はA代表招集に踏み切った。オーストリア2部から這い上がった負けじ魂を新たな代表に還元し、チームの起爆剤になってほしいと強く願っているに違いない。
●日本代表で待ち構える試練
実際、彼の定位置である左サイドアタッカーは、生き残りの難易度が最も高いポジションと言っても過言ではない。ご存じの通り、今季イングランドで光り輝いている三笘薫を筆頭に、カタールW杯で左を主戦場にした久保、所属クラブで左サイドをメインにしている前田大然ら能力の高いメンバーがズラリと並ぶからだ。
とりわけ、三笘というハードルは高い。カタールW杯までの森保監督は彼をジョーカー起用していたが、今後はエースと位置づけ、頭から使うだろう。となれば、中村敬斗はこれまでの三笘のような役割を担わなければならないかもしれない。
それを理解したうえで、オーストリア2部から出直した時のような「チャレンジャー精神」を持って挑めれば、第2次森保ジャパン定着、そして3年後の2026年北中米W杯出場も現実味を帯びてくる。
今夏にはリバプールなどビッグクラブに移籍するという噂もあるほどの逸材だけに、まずは日本に凱旋する彼がどんなパフォーマンスを見せるかが非常に興味深い。我々に衝撃を与えるような一挙手一投足を楽しみに待ちたいところだ。
(取材・文:元川悦子)