関西人の気質はアタッカー向き? スペインの育成が示唆する“サッカーと地域”の関係性
連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:バスク地方に根付く有能なGK輩出の伝統
スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回はスペインのバスク地方を例に、地域の風土や伝統がサッカー選手の育成にどんな影響を与えているかについて考察する。
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<地域がサッカー選手を育てる>
土地、土壌が持つ力は大きい。1人の指導者の影響など遥かに凌駕している。そこに暮らす人々の気質だけでなく、肉体的素質にも根差したものだ。
スペイン、バスク自治州の名門アスレティック・ビルバオ、古豪レアル・ソシエダは、伝統的に空中戦や球際での激しいやりとりに興じるところがある。そのため、かつては敢闘精神や体格を重んじ、スカウト基準に入れていた。小柄な選手は、遺伝的に落第になるほどだった。
バスクはスペインの他の地域よりも断然、身長や骨格が大きい。民族的な特徴からサッカースタイルを選択したと言えるだろう。
「闘争」
それがバスク人のアイデンティティにある。イベリア半島がローマ帝国やイスラム帝国に侵略を受けた時代も、彼らは独立を守った。時に山岳ゲリラとして戦った彼らは、自ずと戦闘的思考を熟成してきた。その闘争の中身は本来、過激なものではなく(フランコ独裁時代には過激テロが横行した時代もあった)、質実剛健さ、規律、粘り強さのようなもので、誇り高さが基礎だ。
サッカーでも肉体がぶつかり合うプレースタイルを求め、戦士のような選手が尊ばれるようになったのは必然だった。ファイティングスピリットを全開にしたフィジカルサッカーを極めた。1980年代にはアスレティック・ビルバオ、レアル・ソシエダの2強が、それぞれリーガ・エスパニョーラを連覇したほどだ。
その気質は、守備的ポジションの選手には好都合だったのだろう。一つの成果として、ゴールキーパー(GK)の宝庫となっている。アスレティック・ビルバオはホセ・アンヘル・イリバル、アンドニ・スビサレータ、レアル・ソシエダはイグナシオ・エイサギーレ、ルイス・アルコナーダなどスペイン代表としてワールドカップのピッチに立った伝説的GKを生み出してきた。歴代スペイン代表GKのキャップ数はバスク人が半数を超えるほどだ。
育成とは「川の流れのようなもの」
アスレティック・ビルバオは今も伝統を継承し、ゴールマウスを守るスペイン代表の正GKウナイ・シモンを筆頭に、チェルシーに移籍したスペイン代表ケパ・アリサバラガ、レアル・ソシエダの正GKであるアレックス・レミロなど、同世代にスペイン代表クラスを3人も生み出している。おまけにU-21スペイン代表のGKにも、フレン・アギレサバラが名を連ねる。
もっとも、弊害もあった。戦術、技術が進歩を続けるなか、単純なフィジカル信仰は徐々に通用しなくなっていった。そこでスカウト時の体格の査定は取っ払っている。
2010年代に入ってからは、小柄なドリブラー、スペイン代表イケル・ムニアインや同じく独創性を売りにしたMFアレックス・ベレンゲルを輩出している(レアル・ソシエダに至っては1980年代にバスク人選手純血主義を捨て、現在はダビド・シルバ、久保建英など小柄な選手の特性を取り入れることで飛躍)。
とはいえ、大きく強く速い選手が出る傾向は消えない。なぜなら、バスクという土地柄がピッチでファイトする姿を求めるからだろう。クラブとしてのキャラクターは歴史の中で根付いたものだ。 「育成とは川の流れのようなもので、闇雲に加えるべきではない。結局、その地のサッカーの風土に落ち着くものさ」
アスレティック・ビルバオの関係者が口にしていた言葉は啓示的だ。
当然ながら、日本サッカー界も土地が求めるサッカーと密接に結びついている。例えば育成段階で、東京の選手と関西の選手は見事に対比的である。前者は真面目で、責任感が強く、後者はやんちゃで、失敗を怖がらない。
前者は実直で、守備的な選手を生む傾向がある。橋本拳人、渡辺剛は象徴的だろう。神奈川にも広げたら、遠藤航、板倉滉、田中碧なども入る。後者は積極的で、才気煥発なアタッカーを多く生み出す。本田圭佑、家長昭博、香川真司、宇佐美貴史、乾貴士、柿谷曜一朗、南野拓実、鎌田大地、堂安律、食野亮太郎、中村仁郎など枚挙にいとまがない。
「関西の選手は、言われれば言われるほど“やり返す”文化があるというか。とにかく、やり返す精神が凄い(苦笑)。ガードが下がっているように見えて、次の瞬間、殴り返してくるようなところがあります。黙って撃たれ続ける、なんてことはない。絶対に撃ち返す」
そう語っていたのは、ガンバ大阪のユースを率いる森下仁志監督である。森下監督自身、関西育ちでそのメンタリティを知り尽くしている。
日本でも感じる地域ごとのサッカーの特徴
「サッカーって地域に文化があると思います。個人的には、そこはとても大事にしたほうがいいと思っていて。大阪に久しぶりに戻ってきて、“大阪には大阪のサッカーがあるな”と感じています。放り込んでのパワープレーだったり、引き込んでのカウンターだったり、というのはなかなか受け入れられない。そうなると、攻撃も守備もアグレッシブに挑むべきで、それができる選手が出てこないといけない必然があるんです」
特にG大阪の育成では、サイドからゴール方向に崩す、仕掛ける選手が多く出ている。 「ボックスに近づくほど、うちの選手たちの良さが出ますね。(G大阪ユースは)基本、そういう練習が多いし、意識してやっています。サッカーはまず個人があって、次にグループ、チーム全体があって。とにかく個のところでボールを奪える、はがせる、ゴールを奪える、というのが“大阪の血”なんだと感じるんです」
森下監督はそう説明するが、地域性は強く出る。東京、関西以外でも変わらない。例えば九州からは、フォワード(FW)やセンターバック(CB)に人材を多く出している。単純に骨格的に強さを出せるのもあるだろう。一方、中盤で駆け引きをしながら戦況を動かすのは得意としない。
それは一つのイメージにすぎず、いくらでも例外はあるだろう。中島翔哉は東京出身だが、トリッキーなドリブラーと言える。しかしイメージが土壌となって、そこで育つ選手を形作るのは案外、本質と言えるのだ。
小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。



