ひと皮むけた“ツネ様” 大胆かつ細心の采配に磨き
7月の記者自身のコラムで、26年ワールドカップ(W杯)カナダ、メキシコ、米国3カ国共催大会に臨む日本代表監督に、ガンバ大阪で指揮を執る宮本恒靖監督(43)を推奨した。
この手の主張には、関係者からある程度の反響があるもので、今回は賛成派が4割、否定派が6割といった感じか。否定派の理由を要約すると「時期尚早。せめて日本協会で五輪以下の若い年代から勉強するべき」という声が多かった。現時点で答えは存在しないので、ひとまず休題に。
その宮本監督が今季、就任3年目で急成長している。J1リーグ第9節時点で2位につけ、長谷川監督(現FC東京監督)時の14年に国内3冠を達成以来、6年ぶりの優勝へ好位置につけている。
直近の8日横浜FC戦は後半ロスタイムに、FWパトリックが劇的な決勝ゴールを挙げた。最後は徹底的なパワープレーでねじ伏せた形だが、従来の華麗なパス交換やボール保持で勝負する土台を後半途中から捨て、作戦自体は古くからある空中戦、ロングボールを多用した戦法へと切り替えた。J2降格がない今季、この踏ん切りのよさ、勝負に徹する姿が際立つ。
それよりも元日本代表DF藤春を後半途中でスパっと交代させ、21歳のMF福田を投入した。藤春は先発した試合での途中交代は実に昨年10月以来13試合ぶり。たとえ交代枠が増えようが、フル出場が当然だった主力に断を下し、福田が後半終了間際に脅威を発揮した。劇的勝利の1つの要因になる、監督采配だった。
この試合では新加入のDF昌子もJ1デビューさせた。3日前にルヴァン杯で公式戦初出場を飾ったばかり。右足首の再発は怖かったはずだが、中2日で先発で起用。しかもDF三浦の定位置だった3バックの中央に置き、三浦は右へ。左の韓国代表DFキム・ヨングォンを含め、練習試合でもやっていない並びをいきなり試した。監督自身も「ぶっつけ本番でした」と明かすほどで、1つのかけに成功した。
宮本監督といえば、現役時代からルックスも思考もスマートで、愛称は“ツネ様”と呼ばれた。時に警告覚悟で激しいプレーもしたし、主将として厳しい言葉をチーム内外に発したが、全体のイメージとしては泥臭さはない。
だが監督就任して過去2年、残留争いに強いられるなど苦労が多かった。監督業とは「すごくストレスがかかることもある」と本音をもらしたこともある。結果はもちろん、指導方法でいろんな経験、多くの失敗をしたことで、今季は明らかに一皮むけている。戦術家であり、戦略家としての横顔を持ち、生まれ持った勝負運もある。それに加え、大胆かつ細心な采配に磨きがかかり、選手へのアプローチがうまくなっている。
「今年は試合前のミーティングでツネさんからは、泥臭く走りきれとか、気持ちの部分をよく言われる」と選手は証言する。実際にコロナ禍の中、サポーターに感動を与えられるような試合をしようと、心を揺さぶる言葉も口にする。ピッチ上の計算式ばかりではなく、人の気持ちを動かせる監督になってきた、という声が多い。
7月4日のセレッソ大阪戦でFW小野が左眼窩(がんか)底骨折の重傷を負ったが、次節名古屋グランパス戦で先発起用した。
監督自身、02年W杯日韓大会直前に鼻骨骨折してフェースガードを着用しながら日本代表で活躍。「バットマン」として世界に名前を売った。その恐怖心は熟知しながら、小野との話し合いで強行出場に踏み切った。周囲も驚く、肝がすわった采配だった。その小野が今や快進撃の立役者となり、2列目で先発に固定されている。監督の1つの決断で、選手が育つ好例だろう。
宮本監督がG大阪U-23監督に就任した17年1月、将来の目標に日本代表監督を掲げた。今はその言葉自体を封印しているが、夢は持ち続けているはず。クラブ側にもタイトル獲得など結果さえ残せば、生え抜きのスターを日本代表監督へ送り出したい気持ちはある。
まだ開幕9試合を終えたばかりだが、チーム全体や選手の活躍と同時に、監督の成長を追うのも、サッカーの楽しみである。W杯カタール大会が終わる2年4カ月後、もしかすると、もしかしているかもしれない。