後藤健生の2020年J1展望!前編「注目の川崎F」「王者の倒し方」
いよいよ、待ちに待った日がやって来る。J1が再開するのだ。選手たちはようやくプレーできる喜びにあふれている。1プレー1プレーに感情や熱気が感じられる、そんな試合が展開されるに違いない。なにしろ、10カ月分の日程を、6か月に押し込んだ、イレギュラーなシーズンである。過酷で濃厚な戦いが続きそうだ。いったい、どんなシーズンになるのだろう。見どころの数々を展望する。
■何が起きてもおかしくない
それぞれの事情を抱えてのJ1再開となる……。
スケジュールを見ると、再開直後の数節は移動による新型コロナウイルス感染リスクを避けるために近隣都道府県のクラブ同士のカードが組まれている。J1の18クラブは大きく東西に分けられ、両地域のクラブが互いに対戦するのは第8節以降、つまり8月に入ってからになる。
今シーズンのJ1は首都圏のクラブが多いので(神奈川県にはJ1が4クラブが存在!)、当初はいわば「関東リーグ」のような日程になってしまう。そんな中で「関東リーグ」に組み込まれたコンサドーレ札幌は、完成したばかりの「JFA夢フィールド」(千葉県幕張)を本拠地として、第5節までをアウェーで戦うことになった。2月の第1節を含めれば、5試合連続でのアウェーである。
関東・東北・北海道だけで10チームが存在するから、“西日本組”は東は静岡(清水)から西は九州・長崎までの広大なエリアを往復する戦いとなった。
「関東有利」であることは間違いないだろう。
そもそも、地域によってチームの準備状況が全く違う。
緊急事態宣言が5月25日まで解除されなかった首都圏や関西、北海道のクラブは活動再開が遅れてしまった。全国で最初に全体練習を始めたサガン鳥栖と、最後になった札幌ではスタート時期に半月もの差があるのだ。また、「第2波」の影響をもろに受けたのがJ2のギラヴァンツ北九州。緊急事態宣言解除後に同市で感染者数が増加したことによってトレーニングを中断せざるを得なくなり、準備期間は約2週間しか確保できなかった。
「不公平感満載」のシーズンである。「降格なし」のレギュレーション変更で恨みっこなしなのではあるが……。
もっとも、こうした事情に影響を受けるのも最初の数節だけだ。第6節以降は東西のチームも相互に移動しながら戦うことになるし、準備の違いも試合数をこなしていけば次第に影響は小さくなっていく。
再開前に準備期間が不足していたチームやアウェーの連戦となる札幌などは、再開直後は苦しい時期が続くだろうが、この期間を連敗せずになんとか持ちこたえることさえできれば条件は次第に平準化していくはずである。
いや、Jリーグが閉幕する12月中旬(J1は19日、J2は20日)までの間には、さまざまな出来事が各クラブを翻弄する可能性がある。
冬場になれば、いわゆる「第2波」、「第3波」が襲ってくるかもしれない。チーム内に感染者を出しでもすれば、再び活動停止を余儀なくされる。
何が起こってもおかしくない……。それが、2020年のJリーグなのである。
ただ、一つだけ確実に言えることがある。J1では3週間に1度、J2ではなんと3週間に2度ほどのペースでウィークデーにも試合をこなしながら、代表ウィークにも中断することなく12月まで続く過密な日程と再開直後に襲ってくる猛暑は、すべてのチームに不公平なく襲い掛かって選手たちの体力を確実に蝕んでいくはずだ。先日、気象庁は長期予報を発表したが、今年の夏は日本全国すべての地域で7月から9月まで平年を上回る暑さになるそうだ。
交代枠が5人に増えても、飲水タイムを設けても、暑さは容赦なく襲ってくる。体調を壊す選手もいるだろうし、怪我人が増えるかもしれない。体力を消耗すれば免疫力も下がり、新型コロナウイルス感染のリスクも大きくなる。
■選手層が厚く、ポゼッション型のクラブが有利
世界的に、新型コロナウイルスの影響によって富める者と富まざる者の間の格差はさらに広がっており、貧困層や難民など社会的弱者が感染症に苦しめられている。
Jリーグでの争いも同じだ。猛暑の中の連戦となることで選手層の薄い“富まざるチーム”が消耗していくのは目に見えている。順位争いで上位に踏みとどまることができるのは、選手層が厚く、ローテーションしながら連戦をこなすことのできるチームだけだ。そして、暑さという条件を考えれば、走力に頼るのではなく、ボールを保持する時間を長くして相手を走らすことの上手いポゼッション型のチームが有利になる。
2つの条件を満たすチームといえば、まず思い浮かぶのが川崎フロンターレだ。
ボールを持ったらけっして攻め急ぐことなくテンポ良くボールを回し続け、相手の守備陣に穴を見出した瞬間に攻撃のスイッチを入れるのが彼らのスタイルだ。相手チームは、川崎のボール回しに対応することで着実に体力を奪われる。
川崎は3連覇を狙った昨シーズンは4位に終わった。勝ち切れる試合を引き分けに持ち込まれたり、試合終盤に失点して勝点1を失ったりと試合運びにも問題があったが、負傷者続出でフルメンバーで戦えない試合も多かった。
ただ、そうした中でメンバーが変わっても、内容のある試合を続けてきたことも間違いない。複数ポジションをこなせる選手も多く、最前線から最終ラインまで穴のあるポジションは少ない。しかも、今季は関東大学リーグを代表するアタッカーだった旗手怜央と三苫薫が入団。小林悠の離脱というニュースがあっても隙を感じさせないだけの層の厚さがある。
日本を代表する天才パサーの中村憲剛は間もなく40歳を迎え、フル出場は期待できないが、MF陣は大島僚太や田中碧、守田英正、脇坂泰斗と多士済々。重要なポイントで憲剛を切り札として起用することができる。
昨年の後半、急速に完成度を上げ、天皇杯でクラブ創設以来の初タイトルを獲得したヴィッセル神戸もポゼッション・スタイルで暑さを乗り切ろうとしている。
昨年はシーズンを通じて好調を維持したアンドレス・イニエスタだが、やはり日本の酷暑の中でフルに活躍することは難しいだろう。鍵を握るのはセルジ・サンペール、山口蛍といった選手がどこまでイニエスタをサポートできるかだ。心強いのは、酒井高徳もハンブルガーSV時代にはMFとして起用された経験があること、そして西大伍も実は攻撃的MFとしての能力が高い選手であることだ。
ザーゴ新監督の下、ビルドアップのスタイルを志向していると言われている鹿島アントラーズや、ショートカウンターのサッカーにポゼッション・スタイルを取り入れていこうとしているサンフレッチェ広島も、その新しいスタイルに適応できれば注目すべきかもしれない。なにしろ、広島には森保一監督時代にポゼッション志向のスタイルで戦ってきた当時のメンバーも数多く残っているのだ。
■2019年王者F・マリノスの攻略法
選手層が厚いチームつまりビッグクラブがこのイレギュラーなシーズンの主役になることは間違いない。だが、個々のゲームを見れば、下位チームが上位を倒す“下克上”をいつものシーズン以上に期待できるのではないか。
J1リーグ連覇を狙う横浜F・マリノスは昨年の優勝メンバーの大半が残留した。そして、「欧州クラブへ移るのではないか」とも噂されたアンジェ・ポステコグルー監督もチームに残った。同監督就任以来磨き上げてきた超攻撃的なスタイルの完成度は上がり、昨年の終盤はすっかり守備力も強化されており、今季も優勝候補筆頭と思われていた。
しかし、横浜は2月の開幕戦でガンバ大阪の巧みな守備戦術の前に不覚を取ってしまった。G大阪は中盤では横浜にボールを持たせておき、パスを出すスペースを一つひとつ丁寧に埋めていくことで横浜のパスコースを限定して、横浜の強力な攻撃を封じてしまったのだ。宮本恒靖監督としては「してやったり」というゲームだったろう。
そもそも、相手を分析してストロングポイントを消していくのがJリーグのサッカーだ。ACLで横浜と対戦した全北現代やシドニーFCが、横浜の変幻自在の攻撃を止めることができず、混乱に陥ってしまったのと比較すれば、Jリーグというリーグがどんなに厳しいリーグか分かろうというものだ。
当然、どの相手も前年王者横浜のことは徹底して研究してくる。両サイドバック(松原健とティーラトン)が相手陣内のバイタルエリアまで侵入してラストパスを通すといった、横浜の独特の攻撃サッカーは対戦相手の監督にとっては戦術的な腕の見せ所にもなる。
昨年、松本山雅はJ1残留を果たせなかったが、ロングボールを使って王者横浜FMを苦しめた。
松本山雅は中盤では横浜にボールを持たせて守備を固めた。そして、ボールを奪うと、横浜のサイドバックの頭上を狙ってロングボールを蹴り込んできたのだ。ゴール前の中央付近は守備範囲の広いチアゴ・マルチンスが1人でカバーできるが、さすがにタッチライン際を狙われると苦しくなる。当然、横浜のサイドバックは攻め上がろうとするところを狙われるから、上下動を繰り返すことになる。
松本山雅としてはそこでセカンドボールを拾えればカウンターの形を作ることができるし、攻撃につなげられなくても横浜の「サイドバックのインナーラップ」という攻め手を消し、サイドバックの体力を消耗させることができるのだ。
残念ながら、松本山雅はセカンドボールを十分に拾えなかったので攻撃が中途半端に終わり、0対1で敗れてしまったが、残留争いをしているチームであっても戦術的工夫を駆使すれば首位のチームを苦しめることができるということを証明した。
松本山雅を率いていたのは、戦術分析が大好きな反町康治監督(現日本サッカー協会技術委員長)だった。思い切った戦術サッカーを仕掛けることを躊躇う人物ではない。