“島流し”状態のガンバ若手を磨く、森下仁志U-23監督の目利きと反骨心。
恵まれた環境だけが、人を育てるわけではないことをガンバ大阪の若手が証明し始めている。
ハングリーさと反骨心――。森下仁志監督が今季から指揮を執るガンバ大阪U-23は、育成面において早くもその成果を見せ始めているのだ。
トップチームがホーム初勝利を飾った5月18日のセレッソ大阪戦では、プロ2年目の福田湧矢が先発に抜擢され、左サイドで躍動。大阪ダービーの1週間前に行われたアウェイのサガン鳥栖戦では敗れたものの、終了間際に食野亮太郎が相手DFをゴボウ抜きにし、強烈なシュートをネットに突き刺した。
「最初はキャンプにも参加できず、苦しい思いをしましたけど、そこで仁志さんと裕司さんが自分を救い出してくれた。今日は仁志さんと裕司さんのために戦ったようなものでした」
セレッソ大阪戦で勝利に貢献した直後、福田が口にしたのはガンバ大阪U-23の森下監督と宮原裕司コーチへの感謝だった。プロ選手らしからぬ青臭い言葉に聞こえるかもしれないが、4カ月前の立ち位置を考えれば、その言葉は必然である。
まだ厳しい冷え込みが続いていた今年1月23日、パナソニックスタジアム吹田のすぐ脇にあるクラブ練習場でガンバ大阪U-23は、びわこ成蹊スポーツ大学とシーズン初の練習試合に挑んでいた。
しかしながら、練習場に漂っていたのはどこか“島流し”にも似た雰囲気だ。沖縄で行われているトップチームのキャンプに同行できなかったのはわずか6人のみ。食野や福田、市丸瑞希(FC岐阜に育成型の期限付き移籍中)、芝本蓮、白井陽斗、そしてルーキーの奥野耕平がユースの練習生とともに練習試合のピッチに立っていた。
「うわぁ、マジかよと当時は思いましたね」と率直な胸の内を明かすのは福田である。
無理もない話だった。同期入団の松田陸らは沖縄でトップチームに帯同。GKさえいない6人で練習するのは、草サッカーでもそうそうお目にかかれない光景なのだから。
キャリアに違いはあれど、エリート街道を歩んできた彼らにとっては心が折れかねない環境だ。
しかし、クラブのOBでもある森下監督の存在が、食野らの支えになって行く。
熱血漢の指揮官が選手に強調したのは反骨心である。
「ダメな奴、折れた奴がくる場所みたいな感じだけど、そうじゃない。ここからトップに行くんだと最初に言いました」
森下監督もジュビロ磐田で解任され、ザスパクサツ群馬ではJ3降格の憂き目を見た。指導者としては挫折を重ねてきたことは本人も自覚するが、「ガンバへの愛着はずっとあった。いつか監督をしたかったですし、それ故に責任の重さも感じていました」と自らの立ち位置を明かす。
捲土重来を期す選手たちの思いは、自らにも重なり合うものだったのだ。
もっとも、指導に関して森下監督は「鬼」だった。就任当初から「ガンバの若手は皆、上手い。そういう選手がタフに戦えるようになれば怖いものはない」というポリシーのもと、徹底してハードな練習を課していく。
午前と午後の2部練習は当たり前。そして少人数ゆえに、攻守両面で個の仕掛けにこだわるメニューを取り入れた。
J3が開幕した当初、中村敬斗も、ガンバ大阪U-23で練習をこなすことがあったが、2対2などの練習をしている最中、順番を待つ選手は心肺機能を上げるべく、ペースを上げてランニング。練習を終えてクラブハウスに引き上げる中村も、まるでフルマラソンを終えた直後の選手のように、呼吸を乱しながら「キツいっす」と苦笑いしたものだった。
サブメンバーがGKを含めて3人というJ3の公式戦も、タフさを身につける上での追い風となっていた。
「僕らは交代選手がいないので、やり切るしかない。後半15分ぐらいから足が止まってくる時間帯ですけど、監督からは『それは想定内。そこからがお前らの気持ちの部分だ』と言われ続けていました」と振り返るのは福田である。
4月24日のルヴァンカップのジュビロ磐田戦。試合終了間際に、長い距離をドリブルで持ち上がってチーム4得点目を叩き出した中村もこう語っている。
「ただ、走らされていたわけじゃないですから。森下監督のもと、ひたすらボールを使って1対1とかをやってきましたし、試合よりも練習の方がキツいのでね。それがあのゴールにつながったと思います」
タフな選手を作る一方で森下監督が心がけてきたのは選手の最適ポジションへの配置である。
サガン鳥栖戦で鮮烈なインパクトを残した食野はアカデミー時代から攻撃的MFを主戦場としてきたが、今季はFWにコンバート。
そして昨年のJ1開幕戦ではレヴィー・クルピ前監督にボランチとして抜擢された福田も、東福岡高校時代に任されていたサイドハーフとして起用されてきた。
森下監督がこだわるのは個の打開力だ。
「単に上手いだけの選手だと、相手は何も嫌がらない。今の日本の選手は技術がある選手が増えてきたけど、それを相手ゴールに向けさせないと何の怖さもないんですよ。湧矢や亮太郎は、それをドリブルで見せられますからね」
食野や福田、さらには大卒ルーキーの高尾瑠らもトップでチャンスを掴み始めているが、J1で壁にぶつかる日が来ることも森下監督にとっては想定内。
「ここからトップに行ってくれるのは嬉しいですけど、実際に試合を見ているときは、親みたいな心境ですよ。まあ、僕らはアイツらの実家みたいなもの。困った時に寄ってくれたらいいんです」
男子三日会わざれば刮目して見よ――。育成で頭角を現し始めた指揮官に、磨き上げられる次の若手が楽しみだ。