高校生・福田湧矢をクルピが大抜擢。ガンバが探す次の「第1ボランチ」。

ほんの53日前、全国高校サッカー選手権の2回戦で敗れ、涙に暮れていた高校3年生は、Jリーグの開幕戦のピッチに立っていた。

ガンバ大阪のルーキーではあるものの、立場上はまだ卒業式を迎えていない東福岡高校の生徒である福田湧矢。2月24日の名古屋戦で、高体連出身の新人としてはクラブ史上初となる開幕スタメンを勝ち取ると、キックオフのホイッスルを聞いたわずか3秒後、名古屋の元ブラジル代表に猛然とチェイスを仕掛けていた。

「サッカーはびっくり箱」

福田をピッチに送り出したブラジル人指揮官の母国で、決まり文句のように言われる言葉だ。パナソニックスタジアム吹田で開幕戦を見守った28681人のサポーターにとって、彼の抜擢は紛れもなくサプライズだったに違いない。

最初の目標はU-23の試合出場が……。

 まだ小学4年生だった福田が、昨今の小学校では定番となった「2分の1成人式」で公言した夢は、「東福岡の選手になって全国大会で優勝。そしてガンバ大阪に入団する」。

小学生の頃から、サッカー選手として確かな未来図を描いていたはずの彼だが、開幕スタメンはさすがに予想さえしていなかったという。福田は言う。

「最初はまず、(ガンバ大阪)U-23で試合に出ることを目標にしていた」

三流の漫画家でも描かないような、出来過ぎたストーリーに満ちたこのプロデビュー戦。実のところ、レヴィー・クルピ監督にとっては苦肉の策だった。

「ボランチで起用されるのは想像しなさすぎでした。自分自身が一番驚いている」

と福田は高校1年生で出場した和歌山国体以来となるボランチでのプレーに戸惑い気味な笑顔を見せていたが、本来、彼はトップ下を主戦場とする攻撃的MFである。

大胆なコンバートの背景に見え隠れするキーワードは「イデグチ」だ。

井手口移籍、今野負傷のダブルパンチ。

 名実ともにガンバ大阪の中心選手に成長していた井手口陽介はチームの始動を前に、イングランド2部のリーズ・ユナイテッドに完全移籍。現在は期限付き移籍でスペイン2部のクルトゥラル・レオネサでプレーしている。

開幕前にクルピ監督が番記者らに応じた囲み取材では、ほぼ毎日、井手口の名を挙げており、その不在に頭を悩ませる様子が見て取れた。

ブラジル人指揮官の苦悩に、更に追い打ちをかけたのが今野泰幸の負傷離脱である。

日本では一口に「ボランチ」の枠で括りがちだが、ボランチという概念を生み出したブラジルでは、守備に軸足を置くボランチを「プリメイロ(第1)ボランチ」、攻撃に絡むボランチを「セグンド(第2)ボランチ」と厳密に区別する。

井手口不在の今季、今野のバックアッパーになりうる第1ボランチの確保は急務だったはずだが、フロントの見通しの甘さは今季も相変わらず。新戦力として浦和から獲得した矢島慎也も本来は第2ボランチである。

「ノス・テモス・メニーノス」

 開幕を1週間後に控えた2月17日の徳島戦では、J2勢相手に3対7の割合でボールを支配され、0-2で完敗。前後半通じてボランチで試されたのは遠藤保仁と市丸瑞希、矢島の3人だったが、この試合が福田抜擢に向けたターニングポイントだった。

徳島戦後、今野不在で構成する中盤へのテコ入れを問われた指揮官はこう発言した。

「ノス・テモス・メニーノス(我々には少年たちがいる)」

若手登用に長けたクルピ監督が福田をボランチに起用したのは、その攻撃面を期待してのことではない。ダイナミックにピッチ狭しと駆け回り、相手の攻撃の芽を摘む井手口の姿を福田に重ねていたに違いない。

守備力はまだ「ポスト井手口」ではない。

 クルピ監督の抜擢の狙いを慮るのは、今季からトップチームでもコーチを務めるガンバ大阪U-23の宮本恒靖監督だ。

「第1ボランチができる今野が怪我をしているので、そこを誰にやらせるかレヴィーも模索している。レヴィーは(福田)湧矢がエネルギッシュにボールを奪いに行くところとか、ピッチ上の存在感を気に入っている」

キックオフ直後、福田は名古屋のジョーに激しく寄せに行くなど、生きの良さを見せた。そして「試合が始まれば緊張はなかった」という言葉通り、持ち前の攻撃センスも随所でのぞかせた。

ただ、責めるのは酷だが名古屋に許した1点目ではバイタルエリアをあっさりと和泉竜司に突破されるなど、守備面では急造ボランチならではの甘さも露わになった。

「あの場面はファウルしてでも止めておけば、結果はまた違った。そういう自分の甘さを感じられたのも収穫」(福田)

攻撃面では随所に「東福岡の10番」を感じさせた一方で、「ポスト井手口」にはほど遠い守備力は、今後の福田にとっての明らかな課題。60分間のデビュー戦で、見えたものは決して少なくはなかったはずだ。

相棒の市丸は「遠藤の後継者」に。

 まだまだ未知数な「ボランチ福田」とは対照的に、ピッチでギラリと輝きを放ったのが相棒の市丸だ。

「福田とバランスを取りながらやれた。楽しんではやれたけど、結果が出なかったのは残念」と満足感は口にしなかった。だが、プロ3年目にしてつかんだ開幕スタメンで、「遠藤の後継者」という肩書きに偽りがないことを証明している。

名古屋のDFラインの背後に好パスを供給したり、全盛時のガンバ大阪の組み立てを感じさせる縦パスを入れてみたりとセンスを発揮。本来は典型的な第2ボランチの市丸だけに、今野と併用すれば、より攻撃面で輝きを放つはずだ。

とはいえ第1ボランチの補強は急務。

 収穫も多かった名古屋戦。終了間際の84分、ガンバ大阪はカウンターからジョーに移籍後初ゴールとなる決勝点を許した。その中盤で、ともに攻撃を持ち味とする矢島と市丸のボランチコンビは限界を露呈。両サイドバックを積極的に押し上げる今季のスタイルにおいて、改めて今野の必要性が浮き彫りになったワンシーンだった。

「攻撃陣、そして最終ライン、そしてその間をつなぐ中盤、そのバランスを修正しないといけない」(クルピ監督)

「バランサー」今野の復帰は間近だが、鉄人とて今年1月で35歳。負傷や出場停止のリスクを考えれば、いずれにせよ第1ボランチの補強は急務である。

ルーキーの大抜擢を単なる美談にするなかれ――。

「奪還」を今季のスローガンに掲げるクラブの本気度が、早くも問われている。

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