「見つかってもうた」井手口陽介を育てたガンバ大阪の育成力

サッカー日本代表がW杯アジア最終予選でオーストラリアを破り、本大会出場を決めた。

試合は完勝といえる内容で、采配を振るったハリルホジッチ監督以下、出場した選手全員がいい働きをしたが、ヒーローとして注目されたのは、先制ゴールを決めた浅野拓磨(シュツットガルト)と勝利を決定づける2点目をあげた井手口陽介(ガンバ大阪)だ。

試合後は、このふたりのプレーを称賛する記事がネットにアップされたが、興味深かったのは井手口に対する反応。「見つかってしまった」(多くは関西弁の“見つかってもうた”といった表現)というコメントが相次いだのだ。

コメントを寄せたのはガンバ大阪のサポーターをはじめとするJリーグのコアなファンだろう。この「見つかってもうた」というコメントほど、井手口陽介という選手と彼のプレーを見てきたファンの心情を的確に表すものはない。

● ガンバ大阪アカデミー出身 宇佐美が「怪物」と呼んだ男

井手口はガンバ大阪のアカデミー(下部育成組織)出身の選手で、ジュニアユース時代から逸材として注目されていた。ジュニアの頃はゴールセンスを買われFWを務めていたが、ボールさばきの巧さからMFをやるようになり、ユースに昇格してからはボランチに落ち着いた。

ボランチは中盤の後方が持ち場で、主に守りから攻めへの切り替えを託される。チームの舵取り役ともいわれる重要なポジションだ。ボランチは守備型と攻撃型のタイプに分かれるが、井手口は守備でも攻撃でも才能を発揮する万能型。守りで特筆できるのは球際の強さで、独特のセンスと当たりを怖れない寄せで相手ボールを奪ってしまう。また、危険を察知する能力にも優れ、守備の穴を見つければカバーにもしっかり入る。ボールを奪えば、すぐに前線の味方に鋭いパスを送り、隙があれば自ら攻撃に参加。正確でパンチ力のあるミドルシュートを武器に持つ。攻守に輝きを放つ選手なのだ。

また、このプレースタイルを貫くには、ピッチの端から端まで走りまわるスタミナが必要だが、井手口はそれを当たり前のようにこなしてしまう。相手にとってはこれほど嫌な、味方にとってはこれほど頼りになる選手はいない。同じガンバ大阪ユース出身の天才的FW宇佐美貴史(デュッセルドルフ)にその才能を「怪物」と言わせたほどの選手が井手口なのだ。

だが、ボランチはゴールを決める機会の少ない地味なポジションでもあり、活躍しても報道されることは少ない。ガンバサポーターやサッカー通にはその凄さは知れ渡っているものの、一般的な知名度はなかった。年代別日本代表にも選ばれてきたが、脚光を浴びることはなかった。U-20の代表で2015年U-20W杯を目指した時はアジア予選の準々決勝で敗退。リオ五輪に出場したU-23の代表には最年少で選ばれたが、グループリーグ第1戦はサブ、第2戦は途中交代、第3戦は途中出場にとどまり、チームもグループリーグで敗退してしまった。

それでもハリルホジッチ監督は井手口の才能を買っていたようで、2017年11月にA代表に招集。今年6月のイラク戦に初先発を果たしたが、さほど存在感を示すことなく途中交代した。

その井手口がW杯出場がかかった大一番、オーストラリア戦で本来の実力を見せつけたのだ。とくに後半37分に決めたゴールが大きい。体力的にきつくなるあの時間帯にあれほど正確で強烈なシュートはなかなか打てるものではない。ゴールで目立てば他の仕事も評価されることになる。強敵オーストラリアを相手に代表が終始安定した試合運びができたのは、井手口の攻守にわたる獅子奮迅のプレーが効いていたと多くの人に認知された。風貌が似ていることもあり、中田英寿の再来という声さえ出たほどだ。こんな活躍を見せれば欧州のクラブは注目し、獲得に乗り出すことは間違いない。

● 「みつかってもうた」につながる ガンバ大阪アカデミーの優秀さ

サポーターは自分が応援するクラブのアカデミー出身選手を特別な思いを持って見ている。生え抜き選手の愛着から、大きく育ってもらいたいと思っているものだ。ガンバサポーターも井手口には代表戦での活躍を願いつつ、心の底では、これまでのように目立たないままでいて、いつまでもガンバ大阪でプレーしていてほしいと思っていたはずだ。しかし、井手口はそんな思いを覆す活躍を見せ、才能は知れ渡ってしまった。

「見つかってもうた」のコメントには、そんな嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な感情が表れている。ある意味、井手口に対する最高の賛辞といえるだろう。

とくにガンバサポーターは最近、同様の思いを味わっている。やはりユース出身の逸材MF堂安律(19)が6月にオランダ1部のフローニンゲンに期限付き移籍をした。その直前に行われたU-20W杯で4試合3得点の大活躍を見せ、FIFAから「日本のメッシ」との評価を受けた。これをきっかけに海外のクラブからオファーを受けるようになり移籍に至ったわけだ。国際舞台での活躍によって堂安は「見つかってもうた」のだ。

ガンバサポーターは、アカデミーから次々と飛び抜けた才能が現れることを喜びつつも、世界に羽ばたいて行ってしまう不安を感じているのである。

ガンバ大阪のアカデミーの優秀さは出身選手の顔ぶれを見てもわかる。

まず、現代表にも3人の出身者がいる。いずれもジュニアユースまでだが、現在も代表の顔といえる存在の本田圭佑(パチューカ)、CBで先発した昌子源(鹿島)、控えGKの東口順昭(ガンバ大阪)がそうだ。過去の日本代表を振り返っても、宮本恒靖(ガンバ大阪U-23監督)、稲本潤一(札幌)、橋本英郎、二川孝広(東京ヴェルディ)、家長昭博(川崎)、大黒将志(京都)などそうそうたる名前が並ぶ。W杯に出場する現代表に選ばれる可能性のある選手としては宇佐美や倉田秋(ガンバ大阪)、鎌田大地(フランクフルト)がいるし、堂安とともにU-20W杯に出場した初瀬亮、市丸瑞希、高木彰人(ガンバ大阪)ら若き逸材もいる。

ちなみに現代表27人中16人がJリーグクラブのアカデミー出身者だ。ガンバ大阪以外のクラブ出身選手は酒井宏樹と中村航輔が柏、槙野智章と高萩洋次郎が広島、山口蛍と杉本健勇がセレッソ大阪、吉田麻也が名古屋、酒井高徳が新潟、小林祐希が東京ヴェルディ、原口元気が浦和、武藤嘉紀がFC東京、久保裕也が京都。複数の代表を輩出しているクラブもあるし、それ以外にもそれぞれ好選手を育ててはいるが、実績ではやはりガンバ大阪が目立つ。

その実績が指導力の評価につながり、全国から逸材が集まる、という流れがガンバ大阪にはあるのではないだろうか。他のクラブのサポーターにとってはうらやましい限りだが、今後もガンバサポーターには才能が「見つかってまう」悩みを抱える状況が続くはずだ。

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